13 名ばかりのマユリア
その様子だけを見ると、マユリアはこれまでのマユリアと何一つ変わることのない当代の姉であり、慈悲の女神の侍女である女神のままにしか思えない。だが、その麗しく優しい女神はきっぱりとこう言った。
「ですが、当代がマユリアになり女王を継ぐということはございません。なぜならば当代はシャンタルとしてのお力をほとんどお持ちではおられないからです。マユリアになる方はシャンタルであった方のみ、当代はマユリアになる資格をお持ちではないと言っていいでしょう」
完璧な美を持つ女神の冷たいとも言える言葉は、冷酷さすら愛の囁きのように甘かった。だがその内容には一切の甘さはなく、小さなシャンタルに対する思いやりのかけらもないようにしか受け止められない。
「なんだよそれ……」
アランが感情を押し殺しながら呻くように呟く。
「シャンタルは、あの小さなシャンタルはあんたのことを実の姉のように慕ってる。その妹に、そんな残酷なことを平気で言えるんだな」
「ですが事実なのです」
アランの言葉にもマユリアは何も動じず事実は事実と口にする。
「当代はシャンタルとしてのお力をお持ちではいらっしゃらない。唯一次代様に対する託宣をなさった時にはホッとしたものですが、それも今となっては本当のことであったのかどうか」
この言葉にはアランも黙るしかない。
あれは当代の託宣ではない。アランの仲間のシャンタル、黒のシャンタルが当代の意識の中に入り込み、夢のように託宣のように次代様の誕生を知らせたのだ。実際に託宣があったのは黒のシャンタルに対してだった。
「とてもお喜びだったのです。何度も何度も繰り返し、託宣ができましたとラーラ様に抱きついて涙を浮かべておられたそうです」
誰も何も答えられない中をマユリアが続ける。
「代々のシャンタルにも、次代様以外の託宣をなさらなかった方はいらっしゃったと記録に残っています。その方たちがそのことをどう思われていらっしゃったかは分かりません。そのお気持ちまでは記録に残っておりませんから。もしかすると託宣ができぬことでお苦しみになられたのかも知れませんし、そうではなく、それも運命と託宣のないシャンタルであることを受け入れられておられたかも知れません。ですがどちらであったと思い悩むことすら、今となっては詮無いこと、知りたくとも知る術もございませんし」
マユリアの言うことはどこまでも正論であった。この二千年の間、確かに代々のシャンタルが、マユリアがその細い糸をつなぎ続けて今日がある。だが、今はもうどの人も記録の中に残るばかり。
「本当に細い糸を代々つなぎ続けてきたのです。いつ切れてもおかしくないほど細い細い糸を、代々、代々……」
マユリアの声が細い細い糸がさらに細って消えてしまうほどに小さくなる。
「その細い糸の先が当代には届いていらっしゃらない、それ故当代はお力をお持ちではいらっしゃらないのです。今のわたくしには分かります。分かってしまいました……」
できることならば知りたくなかった、そんなマユリアの心が伝わってくる。
「当代は本来シャンタルとして生まれてこられるはずでした。いえ、実際に次代様としてこの世にお生まれです。当然シャンタルとして生きてこられるはずが、その糸をしっかりとお掴みになれなかったばかりにシャンタルとしてのお力を持つことができなかった。それがまず最初の事実、そしてもう一つの事実は、そのことで当代は悩み、苦しまれてこられたということです」
マユリアの言葉がアランの心を貫き、そして切り裂いてくる。
「できぬことをできると思わせて謀ることと、事実を事実として知らせること、果たしてどちらが残酷でしょう」
マユリアの言葉でアランは自分が口にしたある言葉を思い出す。当代に嘘の託宣をさせた後、ついでにもっと託宣をさせてあげたら喜ぶんじゃないかと言ったベルにアラン本人が言った言葉だ。
『嘘は重ねるほど罪が重くなるからな』
そう、アランたちが当代に嘘をついた、謀ったのだ。
決して当代を傷つけようと思ってしたことではない、必要だった。託宣がなければ次代様は次代様として生まれることができない。エリス様に扮した仲間のシャンタルを交代の中に紛れ込ませることもできない。マユリアをシャンタル宮から逃がすこともできない。当代シャンタルがその重要な次代様の託宣をできないことから、仕方なくやったことだ。どうしても必要だったのだ。
「当代は託宣によって次代様としてお生まれになられたのに、本当のシャンタルにおなりになれなかった。名ばかりのシャンタルでいらっしゃった。名ばかりのシャンタルは交代を終えても名ばかりのマユリアとなられるだけ」
またしてもマユリアは残酷な事実を歌うように口にした。
「ただ、一つだけ本当のシャンタルになられる方法がないことはございません。それを知りたくはありませんか」
マユリアがアランの心の傷を癒やすように柔らかく聞く。
「方法が、あるんですか」
「ええ、そうです」
高貴の紫をまとった完璧な女神がアランに優しく微笑んだ。




