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12 マユリアの役割

「女神シャンタルが人の世を去る。このことがどれほど人に絶望を与えることであるか、それをわたくしたちは二度も見てきたのです。そしてその二度を乗り越え、人の世に残り続けることができました。ですが此度(こたび)、三度目は乗り越えずに人の世を去るとシャンタルはおっしゃったのです」


 マユリアの視線が過去から今に戻る。


「あの時の人たちの絶望に沈む様子を見ておられるのに、なぜシャンタルはそのようなことをおっしゃるのか。わたくしは何度も考え直していただくようにお願いを申し上げました。ですがシャンタルの答えはただ一つ、此度は運命のままに人の世を去るとだけ」


 マユリアの表情はそれそのものが絶望した人のものを写したかのように深く沈んだ。


「わたくしにはとても耐えられませんでした。そして決意したのです。主が守られないのならわたくしが守ると。そのために考えたのがこの度の婚儀です」


 マユリアが本題の婚儀のことに触れた。


「マユリアの地位とはなんでしょう」


 今度は違う質問をフウにぶつける。


「シャンタルに次ぐ地位であり、国王陛下と同位と聞いております」


 侍女が一番最初に習うことの一つだ。これからお仕えする方について間違うことがないようにきちんと教えられる。


「国王と同位」


 マユリアがフウの言葉を繰り返した。


「女神シャンタルは唯一尊い何も変わることのできぬお方。高みから人の世を見守ってくださっている。マユリアはそのシャンタルのそばで侍女としてお力を貸し、主を守るのが役目なのです。これは宮の侍女とも変わらぬわたくしの役割。分かりますね」

「はい。確かに主に仕え、お守りするのが侍女の役割です」


 フウがマユリアの質問に答える。


「ですが、もしもその主がいらっしゃらなくなった時、侍女の役割とはどうなると思います」

「それは」


 尋ねられてフウが少し考え込む。


「役割をなくすのではないでしょうか」

「そうかも知れませんね」


 マユリアはフウの答えに満足をしているように、軽やかに笑った。


「わたくしは主、シャンタルが人の世を去られた後も、変わらず人を見守りたいと思いました。そのためには一体どうすればよいものかを考えたのです。そのためにはマユリアの地位を活かすこと、そう思いつきました」

「あの、シャンタルとご一緒に神の国に行かれるお気持ちはなかったのですか」


 驚いたことにアーダがおずおずと質問をした。


「わたくしには主シャンタルが人を見捨てて人の世を去る、そのことが理解のできないことだったのです」


 マユリアは優しい視線をアーダに向ける。


「ですからそのような気持ちはありませんでした。どうすれば人の世に残り、人を見守り続けることができるのか。わたくしが考えたのはただそれだけです」


 この女神は時の始まりから今までずっと人を愛し見守り続けていた。それが事実であると聞いている者たちもあらためてそのことを知る。


「八年前、宮から後宮に入るようにと言ってこられ、わたくしはそのお話を受け入れるとお答えしました。ですがそれは、決してそのようにはならぬと知っての上のことです。ご先代を託宣の運命からお救いし、この国から無事に逃がすためでした」


 誰もが知る出来事であった。当時、そのような背景があると知らぬフウもアーダも一侍女の立場からマユリアの後宮入りを知っていた。人に戻られた後は前国王の側室になられるのだと。


「ご先代が無事にこの国からお出になられても、不幸にして湖の底からお戻りになられなかったとしても、マユリアを継ぐ者はいなくなる。わたくしが二期目の任期を務めるしかない。でもそのことを知る者はほんの一握り、千年前の黒のシャンタルの託宣(たくせん)を知る者のみ。そして託宣の通りに神の助け手であるトーヤがこの国に姿を現してくれました。これでご先代をお救いすることができる、そのためにはできることはなんでもやると決めたのです。そのなんでものうちの一つが後宮入りを受けるということでした」


 国を揺るがすほどの大きな出来事、八年後の国王親子の確執から起きた政変の始まりがそこから始まっていた。


「わたくしを側室として後宮にと望まれた前国王陛下とは違い、ご子息の現国王陛下は皇妃、皇后陛下と並ぶもう一人の妻にとの申し出をいただきました。文字通り国王と同位の伴侶にと望まれたのです。ただそれは女神ではなく一人の人としての話です。女神マユリアが内なる女神を次の者に引き継ぎ、人に戻ってからのこと。人としては大した出世ではあるのでしょう。ですが決して女神として国王と同位のまま並び立つということではありません」


 マユリアの言う通りであった。たとえ神として崇め奉られていたとしても、内なる女神を次代に引き継いだ後はただの人に戻るだけ。人として国王の側室なり妻なりになるだけのことだ。


「それでは意味がないのです。マユリアとして、女神のままで王家の一員となるその方法がないかと考えて見つけたのが今回の婚儀です。女神マユリアが女神のままシャンタリオ王家と絆を結ぶ、国王個人ではなく国王という同位のその地位と永遠の絆を結ぶ。マユリアの新しい役割です、女神と王、同位の二つを結びつけその座に就いて唯一の女王となることが」

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