11 女神と侍女頭候補
キリエはアーダから視線をフウに移した。フウにはトーヤたちの味方であることを期待し、フウは思った通りにその期待に応えてくれた。フウがマユリアに何を尋ねるのかにキリエも耳を傾ける。
「もう一つは今目の前におられる女神マユリアが、私が知る当代ではなく、本当の女神マユリアであられるということ。このことはそこにいらっしゃるトーヤさんからお聞きしました」
フウは話の出どころもきちんとマユリアに説明する。あまりにフウらしい言い方に、こんな状況ではあるがトーヤもキリエも少しだけ頬を緩ませてしまう。
「お聞きしたことはあまりにも驚くようなことでした。二千年の長きに渡り、この国を、人を守り続けてくださったシャンタルがいらっしゃらなくなる。その言葉だけでも感情が沸騰するかと思うほどでしたのに、その上にマユリアが、この場合は代々の人に戻られるマユリアではなく、そのお方たちが代々お守りになられてきた内なる女神がおいでになられるとは、全くどう受け止めたものかと今も混乱し続けております」
フウは言葉の内容とは違い、全く動揺も混乱も感じさせない冷静な言葉で語り続ける。
「私は侍女ですから、シャンタリオを、人を愛する女神マユリアの御心を信じております。ですが、なぜそれが国王陛下との御婚儀なのかが今ひとつ理解できません。なぜなのかをお教えいただけるでしょうか」
まるで生徒が教師に質問をするかのように淡々とフウが尋ねると、マユリアは見るからに愉快そうな表情になった。
「フウと言いましたね。これまであなたとはほとんど言葉を交わしたことがありませんでした。こんなにおもしろい人だったとは知らなくて、なんだかこれまでの時を少しばかり損をしたような気がしています」
「そのようにもったいないお言葉をいただくなど、有り余る光栄でございます」
フウはマユリアの言葉にも動じず、ゆっくりと頭を一つ下げる。この動作だけでも普通の侍女とは違うのを見て取ることができるだろう。
「キリエ」
「はい」
「もしかして、おまえが次の侍女頭にと考えていたのはこのフウではないのですか」
マユリアにそう聞かれては正直に答えるしかない。
「さようでございます」
「やはり」
マユリアは楽しそうにコロコロと笑う。
「世界が変わろうとしている今、侍女頭の役割も変わると思います。大変でしょうががんばってください」
「もしもそのようなことになりましたなら」
マユリアの言葉にさすがにフウも大人しくそう答えるしかない。
「それで、なぜ婚儀が必要であったかという質問でしたね」
「あ、はい」
てっきりさっきの言葉ではぐらかされたと思ったようで、さすがのフウが一瞬答えを遅らせる。マユリアに対して一瞬でもそんなことを考えられるのもこのフウだけだろう。
「なぜわたくしがそのようなことを考えたのか、それは女神シャンタルがこの人の世から去るからです」
マユリアはゆっくりと物語を語るように話し始めた。
「二千年前、なぜシャンタルとわたくしが人の世に残ることになったかは知っていますよね」
「はい、創世記に詳しく語られておりますが、あの内容が事実であるとするならば、よく知っているということになると思います」
マユリアはフウの言い方にまた少し笑ったが、
「その通りであると思ってもらっていいでしょう」
と、伝説が事実であると認める。
「神々が人の世を去ると知った人たちは、深い絶望に沈みました。嘆き悲しむ人たちを見て、慈悲の女神シャンタルは人の世に女神の国を作って残るとお決めになられたのです。そしてわたくしもシャンタルと共に人を見守り続けると決めて、主と共にこの地に残ったのです」
あの光の場で女神シャンタルが語ったことを、今度は正殿でマユリアが語る。
「シャンタルは神域に結界を張り、その中には外の穢れが入らぬようになさいました。清らかな地で清らかな女神によって見守られる清らかな人たちが生きる地、それがこのシャンタリオです」
マユリアが遠い夢を見るように目元をほんのりと緩ませた。
「始まりは穏やかで、とても幸せに満ちたものでした。ですが、すぐにシャンタルとわたくしは知ることになりました。人というものは生きているだけで穢れに満ちるものなのだと」
マユリアの瞳に悲しみが宿る。
「シャンタルもわたくしも穢れに触れ、みるみる弱っていくのが分かりました。このままでは人の世にとどまり続けることは叶わない、神の国に去るしかない。ですが、わたくしたちが留まると知った時の人のあの表情を忘れることができませんでした。再び彼らに絶望を与えることはできない。そしてシャンタルは決心なさったのです」
何をどう決心したのか聞くまでもない。
「交代をなさる、そうお決めになられたのですね」
フウが確認するように交代という言葉を出すと、マユリアは一瞬ふっと無表情になってから、
「その通りです」
と答えた。
十年に一度、生まれたばかりの穢れなき女の赤子の身を借りる。そうすることでシャンタルもマユリアも人の世に留まることが可能になったのだ。
「そうしてこれまで、ずっと見守り続けてきたのです、人の世を」
二千年前のその時のことを懐かしそうにマユリアは見つめていた。




