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10 女神であるということ

 誰も何も言えなかった。確かに共に過ごした時の記憶を持つ目の前の女神、それが知らぬ者、愛し親しんだ当代マユリアとは違うとどうして言えるだろう。


 美しい姿も同じ、優雅な動きも同じ、音楽のような声も同じ、そして記憶も同じなのだ。この方を知らぬと言える要素は何一つない。


 正殿に沈黙が落ちる。女神の発する紫色の光だけがゆるやかに揺れ、他の者は皆その影であるかのようだ。


「それでもな……」

 

 小さくトーヤが絞り出す。


「それでも俺は言うぞ、あんたは俺が知ってるマユリアじゃねえ!」


 思わず言葉の最後が大きくなる。


「あんたがそれを知ってるのは、あんたが当代の中にいて、一緒に経験してきたことだからだ。ちょうどシャンタルが自分の中で眠りながらマユリアやラーラ様を通して外を見ていたように、あんたもそうやってずっと見てた。シャンタルがマユリアでもラーラ様でもないように、あんたは当代じゃない」

「そ、そうだそうだ!」


 トーヤの言い切った言葉をベルも急いで援護する。


「うちのシャンタルは確かにあんたらと一緒くたになって外を見てたかも知れねえけど、ちゃんと一人の人間やってる。同じとこにいたからって、同じ人間ってわけじゃねえよ! だからトーヤが言うようにおれが会ったマユリアはあんたとは別だ!」


 ベルの言葉にマユリアは優しく笑いながら続けた。


「エリス様の侍女のアナベル、そしてトーヤの仲間のベル。これは別の人なのでしょうか」

「え?」

「中の国から来られた貴婦人に付き添い、他の人に聞かせることのできない言葉を伝え、ずっとおそばで守り続けた侍女のアナベルというのは仮の姿ではあってもあなたでしたよね」

「え、そ、そりゃそうだけど」

「エリス様の侍女とあなた、別の人間でしょうか」

「い、いや……」

「わたくしも同じです。女神マユリアを宿す者が当代マユリア。当代マユリアは任期にある間、人に戻らぬうちは女神マユリアである。それとどこか違うのでしょうか」


 確かにそうだった。代々のマユリアが人ではなく女神として扱われるのは任期の間だけのこと。それは身の内に女神を宿しているからであり、女神の存在があるからこそ尊い方なのだ。交代によって内なる女神を次の世代に受け渡した後はすでに人、ごく普通の人となり、尊い人になるわけではない。


 あくまで尊いのは神であり、外側の人ではない。当代マユリアは女神と一体で初めてマユリアなのだ。


「当代マユリアとは一体何者なのでしょう」


 マユリアがもう一度問うた。誰も答えられない。トーヤですら今は黙って考えている。


「当代マユリアとは、マユリアと同一。女神マユリアを受け入れ共にある者。わたくしはそう理解しています」


 マユリアはきっぱりと断言した。


「そうして代々のマユリアは心を通わせ、共に人のあり(よう)を見守り、慈しみ続けてきたのです。代々の交代の折には共にあった者が人に戻り、去っていくことをさびしく思いはしましたが、その後は人に戻ったその者を、次の当代になった者と共に見守り、慈しむ存在とすることが歓びとなりました。他の人たちにそうするのと同じように愛せることを」


 マユリアは愛に満ちた笑みを浮かべた。その微笑みからは真に人を愛し、慈しんでいる心が伝わってくる。


 この女神は確かにこの二千年、この微笑みを浮かべて人を見守ってきたのだろう。それは間違いのないことだと皆にも分かった。


「わたくしは人を、このシャンタリオを愛しています。だからこそ、これから先も永遠に見守りたい。そのためにこの道を進んでいこうとしていることを、民も理解してくれると信じています。わたくしのその想いはわたくしたちの想い、共に人の世の平和であること、幸せに暮らせることを望んでいるのです」


 マユリアはもう一度優しく目を細めた。


「人を見守るのが女神マユリアの役目なのです。ならばそれは人に戻る前の女神である当代も同じこと。わたくしたちは同じ、一人の女神としてここにいるのです」

「つまりそのために、当代が人にもどらずずっと一人の女神としてここに残られるために、婚儀はあるということでしょうか」


 フウだ。フウは一歩前に進み出ると、丁寧に正式の礼をした。


「身の程知らぬ侍女がしゃしゃり出てこのようなことをお聞きすることを、お許しくださればありがたく思います」


 マユリアはフウの物言いに楽しそうに笑った。


「いいですよ、申してみなさい」

「ありがとうございます」


 フウはもう一度深く礼をすると頭を上げ、正面からマユリアに向き合った。


「私は一侍女という立場でありながら、思わぬことからいくつかのことを知ることになりました。一つは次代様がおそらく最後のシャンタルになられるであろうということ」


 この言葉を聞いても驚く者はこの部屋に一人もいない。本当ならアーダは知らぬことであるはずだが、キリエはアーダの様子から知っているのだろうと判断をした。


 もしかしたらそうではないかと思ってはいた。あまりにアーダがトーヤたちと共になる流れが強かった。そしてフウにもいくらかのことをトーヤが知らせたのだろう。状況は判断できたとキリエは思った。

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