2 瞳の奥の殺意
トーヤは言葉を重ねながらルギの様子を伺い続けた。
「本当に何があっても変わらねえんだよな、あの人は。だから自分の部屋にこんな妙なやつが忍び込んでたら、普通は大騒ぎするもんだと言っても、俺のことを妙な人ではないだろうと笑ってた。そんで、笑いながら座って話そうってんでな、俺も座って話をすることにした」
またほんの少しだけルギの目の奥が揺れたように思う。
確かにルギはマユリアのトーヤに対する態度や気持ちに思うところがある。それはもしかしたらルギの唯一、剣ではなく人としての気持ちなのかも知れない。トーヤはそこを刺激し続ける。
「マユリアにこの先、交代の後でどうしたいのか聞いた。八年前、この国から出る時に考えておくように、そう言ったので答えを聞いたんだ」
またルギの瞳の奥が揺れる。明らかにマユリアの本当の気持ちに反応している。
もしかしたらルギはマユリアに聞いてみたのかも知れない。ベルに気持ちを聞いてやれと言われて、そんな気になっていたとしても不思議ではない。そうだとしたら、一体どんな返事が返ってきたのだろう。
「あんたももしかして聞いてみたのか、マユリアの夢の話を」
ほんの僅か、ルギの瞳の奥に陰が差した気がした。
「聞いてみたんだろ、海賊マユリアの話を。そんでどうだった、あんたに素直に話してくれたのか?」
言ってはくれなかった。ルギはその時のことを思い出す。
『人の想いは変わるものです。今は、人に戻った後は、おそらくすでに老境にお入りの両親にお目にかかりたい、そう思っています。それが今のわたくしの夢なのです』
そう答えたマユリアを思い出す。
それは決して嘘ではなかった。確かにマユリアはそうも思っていた。人の想いは変わることがある、それもまた事実だ。それでもルギはマユリアのもう一つの夢、それは目の前のこの男、トーヤがいたからこそだろうと確信もしていた。
「夢は変わるもの、そうおっしゃった」
ルギはトーヤをまっすぐ見つめながら言う。
「夢は変わる」
「そうだ」
「マユリアは海の向こうを見てみたいとは言わなかったんだな」
「そうだ」
トーヤはルギがその言葉に満足していないことを感じながらも続ける。
「ってことはどっちだろうな。もしかして、親と暮らしたいって言ったか」
ルギの瞳の奥がまた少し揺れた。トーヤはそれをそうだという答えだと読んだ。
「俺が聞いた時にも言ってたよ、人に戻ったら親と暮らしたいってな。それも確かに言ってた」
トーヤもマユリアから確かにそうとも聞いた、実の親と会いたい、共に生活をしたいと。だが、それだけではないこと、他のことも聞いたことを強調する。
「あんたが聞いたのはそれだけなんだな。俺には三つあると言ってた。その一つは確かにあんたが聞いたのと同じだ。それからもう一つは八年前と同じく海の向こうを見てみたい、それもあると言ってたな」
トーヤの言葉にルギの瞳の奥がさらに光を帯びる。
「それからもう一つだが、どうだ聞きたいか? 聞きたいだろ?」
明らかな挑発。そう、トーヤはルギを挑発している。そして八年前の殺意を引き出すつもりだ。
ミーヤやベルが恐れていること、トーヤとルギが再び剣を交えること。それをしなければルギの心を変えることはできない。ルギは心が定まらぬまま、流されるようにあの道に進むだろう。永遠に穢れた剣になってしまう道を。
もちろんトーヤが負ければその時も、ルギはそのままその道を進むことになる。
(だから負けるわけにはいかねえ)
ルギの剣の腕は八年前のことでよく分かっている。正統派だ。基礎からきちんと磨き上げたまっすぐな剣だった。今ではシャンタリオで一番の剣士と呼ばれているが、納得がいく腕前だ。
それに引き換えトーヤの剣は生きるために身に着けた邪道の剣と言えるだろう。もちろん正当な剣士の剣筋も盗んだし、真似て身につけたりもした。流派に関係なく、生き残るために使えるものは全部使ってきたつもりだ。それがトーヤの剣の強みだった。
『その時の痛みを思い出したら、それが飛び越えるための最後の一押しにならないでしょうか』
ミーヤに言われた言葉だ。いくらマユリアの命があったとしても、シャンタリオの人間であるルギにはそう簡単に人の命を奪うということはできない。だが、トーヤがルギに殺意を抱かせた、その気持ちを思い出した上でマユリアの命があれば、八年前の殺意とマユリアの命が重なれば、迷うことなくトーヤの命を奪うだろうと。
「なあ、もう一つのマユリアの夢、あんた、聞きたくねえか? どういうこと言ってたか知りたいんだろうが、え?」
ルギの瞳の奥に明らかに赤い色が燃えた。トーヤに対する殺意がほの揺れているのだろう。
「正直に言えよ、マユリアのことはなんでも知りたいんだって。自分にはマユリアのことで知らないことはない、そう言いたいんだろうが、え?」
トーヤの言葉にルギが明らかにぐっと拳を握りしめる。
「マユリアはあれだな、俺にちょっと特別な気持ちを持ってるよな。だから――」
「黙れ……」
静かにルギがトーヤの言葉を止めた。静かな伏し目がちから明らかに怒りが漏れ出していた。




