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 1 危険な兆候

 トーヤはルギの意思の強固さを再確認すると同時に、思わず自分が見たあの未来の姿を突きつけてやりたいという衝動にかられた。永遠にマユリアの穢れを代わりに受け続ける血まみれの剣となったルギの姿を。


 だがなんとか()える。あれは言ってはいけないことだ。あの場に集まった者だけに光が見せた「可能性の一つ」に過ぎない。あらためて自分にそう言い聞かせる。感情に任せてルギに告げるということがあってはいけない。それはこの先の他の可能性を潰す道に他ならない、そんな気がする。その道へと進めぬために自分は今ここにいるのではないか。


 だがすでに確定していることで伝えても構わないこと、いや、伝えなければいけないことは伝えたい。それも一番明るく輝くあの可能性への道を断つことに必要なことだろう。一体何をどう伝えるべきかとトーヤは考えを巡らせる。


 キリエにはマユリアの現在の状態は理解してもらえたと思う。事実を知った上でキリエは今の道、表に出てきた女神マユリアに従う道を選んだ。侍女頭として、侍女が本当にお仕えするのは女神の魂を受け入れている外の「人」ではなく、その中に御座(おわ)す「女神」であることを受け止め、そのお方に従うことを。いくらその「人」を大切に思い、家族のような情愛を持ち、命に変えても構わない存在であると思っていたとしても、外の「人」はあくまで「仮初(かりそめ)(あるじ)」でしかない、その事実に殉じることを。


 だがルギはそうではない。ルギが主と定めたのは出会った時にはまだ8歳であった当時のシャンタル、内なる女神シャンタルを宿した当代マユリアだ。内なる女神がシャンタルからマユリアへと交代しようと、その忠誠は外の「人」に捧げられたものである。


 元は女神シャンタルの神の肉体を「黒のシャンタル」と分け合って人として生まれた当代マユリア、その肉体に宿るのはやはり神として生まれるはずであった命の種、魂だ。その限りなく神に近くありながら人である当時のシャンタルであり当代マユリア、そのお方の剣となることを選んだルギは、今のマユリアをどう受け止めているのだろうか。


 トーヤはキリエはルギにも何かを伝えているはずだと確信していた。根拠はないが、あの人ならそうするはずだ。そのことを望んでキリエに「感じている違和感は正しい」ことを伝えに行き、キリエも答えを手にして納得をしていた。そのことを知らせぬまま、ルギに当代ではなく入れ替わった女神に仕えることはさせないはずだ。自分が道を選んだように、ルギにも道を選ばせようとするはずだ。


 では、ルギが今ここにいるのは自分で選んだ道なのか。もしかするとすでに当代は女神マユリアに吸収されて一体化し、それを知ってそのまま従っているのだろうか。今のマユリアを見ていないトーヤには判断ができない。


「最後に会ったのはあの時だな」

 

 ふいにトーヤの口から流れ出た言葉をルギは静かに聞いている。


「マユリアにあることを確かめるために宮に忍び込んだことがある」

「それはいつのことだ」

「ルークの正体がばれたんで、あんたの部下たちをぶちのめしてからここを逃げ出した後、あっちこっち行ってたんだが、あれはカースにいた頃だな」


 ルギは表情を変えずに黙って聞き続けている。


「大変だったんだぜ、カースからわざわざあの洞窟通って、聖なる湖に出て、聖なる森を通り抜けて、そんで奥宮に忍び込むの」


 トーヤはルギを挑発するように続けた。


「時間は昼頃でな、マユリアはどこかから昼飯のために帰ってきたみたいだったが、キリエさんを帰した後、応接でじっとして飯を食う気配がない。だからなんで食わねえんだ、体の調子でも悪いのかって聞いたら、シャンタル、俺らの仲間のシャンタルじゃなく当代な、そのちびシャンタルとお茶をしたもんで昼飯が食えねえって言ってたな」


 マユリアとの会話を思い出しながら、できるだけ事細かにルギに語っていく。


「そんで、昼飯時分に来て悪かったと言ったら、体調が悪いわけじゃないが、シャンタルも昼を食わねえだろうからそれが気になるって言ったもんで笑ったよ」


 ルギが何を考えているかは見ている限りは分からない。だが、僅かに目の奥の色が変わったようにトーヤには思えた。


 これは危険な兆候だ。ミーヤの言葉を思い出す。


『ルギは実際に一度トーヤに殺意を抱いたことがある。これは大きいのではないかと思います。きっとトーヤはあそこまで追い詰めてもルギは自分に何もできない、そう思っていたのではないですか?』


 八年前、トーヤはフェイに対する想いからルギにも痛みを味わわせてやりたくて、あえて自分に殺意を抱かせるような真似をした。マユリアの命令がない限り、ルギには手も足も出せないだろうと判断した上で。


 だが今のマユリアなら間違いなくルギに命令する。自分の進む道を邪魔する者は排斥せよと。そして自分で手を汚さず、(けが)れを全部ルギに引き受けさせる。その一番最初の相手がもう少しでアランになるはずだったのを、トーヤはあの光の場で見てきた。シャンタルがマユリアに命を吸い取られた後、逆上したアランがマユリアに向かっていき、それをルギが止めたのだ、アランの命を奪って。

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