24 婚姻の火
シャンタルの言葉で神官長室を飛び出したトーヤは、光の世界で見たことから事が起こったのはバルコニーへであろうと推測して走った。思った通り、神官長はバルコニーから飛び降りたらしく、前庭に倒れていた。
「今から月虹隊のダル隊長がそちらに行く、指示に従って動け!」
神官長の周囲に集まってきていた衛士たちが、バルコニーの上から指示するルギの言葉に頷いた。なんだかホッとした顔をしているように見える。ここにいるのは比較的若手の衛士たちなので、指示がなくて動くことができずにいたようだ。
副隊長のボーナムは落ち着いてきた前庭に数名の若手を残し、前の宮から侵入した民たちを追ってきたが、神殿前でトーヤたちと一緒に大部分を取り押さえた後、ルギの指示でそのまま王宮を手伝いに行くことになった。
第一警護隊隊長のゼトはヌオリたちに捕まり、今もその部屋の中に残されたままだ。ヌオリが神官長室に現れたことでアランはもしかしてと思ってはいるが、その場を動くことができないので助けには行くわけにはいかず、そのままとなっている。
第二以後の衛士たちもそれぞれ持ち場に着いており、前庭は隊長格が空白となっていたところにダルがルギの代理となり、やっと動くことができた形だ。
戸惑っているのは衛士たちだけではない。前庭まで来ていた民たちも、突然のことに驚いて動けなくなっている。それはそうだろう、いきなり上から人が降ってきたのだから目の前の惨事に気を取られ、王宮どころではなくなってしまったようだ。
すぐに前の宮から出てきたダルがてきぱきと指示を始めた。さすがにこんな出来事に出会ったことはないだろうが、この八年それなりに場数を踏んできたのだろう、しっかりとした冷静な指示に従って衛士たちが動き出した。
「なかなかやるな、ダルのやつ。月虹隊だけじゃなく警護隊の隊長もできんじゃねえのか」
トーヤは親友の成長を見て感心し、思わずそう口にした。
ダルたちは人を遠ざけ、神官長を運ぶ準備を始めた。どこかから板を運んできた衛士と宮の下働きたちが神官長の遺体をそれに乗せ、上から白いシーツをかぶせた。そのまま神殿の入口を通り過ぎて建物の東へ進む。トーヤがどこに運ぶのかと見送っているとルギが説明をしてきた。
「神官が亡くなった時に通る扉があちらにある」
「宮の葬送の扉みたいなやつか」
「そうだ」
その扉から入り、神殿を通り抜けて北の植物園の方に行くらしい。いつもは神殿の中にある部屋に運ぶそうだが、今日は神殿に入れるわけにはいかないので、そこで遺体の見聞をするのだろう。落下現場も調べる必要がある。神官長を連れて行く衛士たちを見送り、ダルと数名がその場にいた民たちに見たことを聞き始めた。まだ王宮へ向かおうとする者を追おうとして者たちは、毒気が抜けたように大人しくダルたちに話をしているようだ。
前庭はこれでよしと見たトーヤは、気になっていたことをルギに尋ねる。
「なあ隊長、この婚姻のランプってやつにはいつ火を入れるんだ」
「いつとはどういう意味だ」
「俺が聞いた話では、婚儀ってのが終わったら火を入れると聞いた気がする」
ルギはトーヤの言わんとすることを理解したようだ。
「そうだな、普通の場合は神に婚姻の誓いをし、夫婦と認められたら祭祀を取り仕切った者がランプに火を入れる」
「だよな」
トーヤが言いたいことはこうだ。
「つまり婚儀は成ったってことだ、違うか」
ルギは少しの間黙ってから、
「いいや、違いはしない」
と淡々と認めた。
「お相手候補の二人があそこでああなってるのに、マユリアは一体誰と結婚したってんだよ。あんたもここにいるから違うよな? それともこっそりとなんかあったか?」
「あるはずがなかろう」
「冗談だよ、相変わらず冗談が通じねえな」
トーヤがあまり冗談ぽく言わなかったのは、ほぼないだろうとは思っていたが万が一を考えてのことだ。どんな可能性も皆無というわけではないからには、一応確認しなければならない。ルギ本人もそう思われていることには気がついていたのだろう、きっぱりと否定をする。
「俺はあの方の剣だ。永遠にな」
その言葉に迷いはない。
ルギを見ていると世間が色々と邪推したように、ルギがマユリアと妙な仲だなどと疑う余地はないと分かる。そんな生易しい言葉で表現できるような関係ではない。その関係がまた厄介だなとトーヤは心の中で呟いた。だが今は好機だ。もしかしたらルギの心を動かす可能性があるかも知れない。
「隊長、あんたが剣を捧げた相手は本当にあのマユリアか?」
トーヤがズバリと切り込んだ。ルギにももう何か思うところはあるはずだ。だが、たとえそうであったとしても、ルギの主である当代マユリアともう一人のマユリアが同時に存在している限り、ルギがどの道を選ぶかは分からない。
トーヤの問いにルギは黙ったまま答えずにいる。
「あんたが剣を捧げた主は一体誰と結婚して、あんたをどう使おうとしてるのか、あんたは知ってるのか?」
トーヤの質問にルギは今度は即座に答えた。
「俺にはそのようなことは一切関係ない。剣に意思はない。ただ主の望む通りにあり続ける、それが俺だ」




