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23 舞い落ちる羽根のごとき命

 婚姻のランプの婚姻の火が小さな絹の袋と、その中にあったらしい薄い板を燃え尽くすのを見届け、神官長はさらに待つ。足元では民たちが王宮へと叫びながら右から左へと流れていき、衛士たちがそれを(とど)めようと努力してるいるが多勢に無勢、どうすることもできないようだ。


 おそらく王宮へ流れた民たちは、ヌオリたちが誘導したようにラキム伯爵やジート伯爵のような現国王派を捕らえ、王座奪取の張本人として処罰するだろう。だが、その時にはもう両国王はこの世の人ではない。さらにヌオリたち意気ばかり盛んで実力のない若い者たちも、担ぎ上げる象徴がなくなってしまっては、どうすることもできまい。国の中は混乱する。


 そこに輝く美しい女神が王家と婚姻の絆を結び、人の世も統べる頂点として迷う民たちを導いてくれる。


「なんという美しい理想の国」


 想像の女神の国を神官長は目を閉じて思い浮かべる。自分がこの国を見届けられないのは残念だが、その(いしずえ)になる、永遠に見守り続けるのだと思うとそれ以上の感動がある。自分が文字通りその理想の国の一部となるのだと思うと、人としての限りある生の中で行く末を見届けるより、ずっとずっと輝かしい未来に思える。


 絹の小袋が燃え尽きた白い煙を見つめていると、二回目がやってきた。同じように心臓が一拍休み、頭の中で世界がすうっと小さく遠くなっていく。だがすぐに戻るとも分かっている。ほんの一瞬のこと、痛みも苦痛も感じない。心臓が元通りに規則正しく打ち始めるまでの間だけ呼吸が早くなりはしたが、すぐに収まった。言われていた通り、一回目と同じで今は何もなく普通の状態になっている。


 心臓が落ち着くと、神官長はいつも持ち歩いている携帯用の薄手の経典をパラパラと開いた。そこには神官長の唯一の宝物、若き日にさる貴族に褒美としてもらったキラキラと光る鳥の羽根が挟まれていた。何十年にも渡って同じ場所に羽を挟んでいたために、羽の形にうすく型がついてしまっている。


 神官長は羽根を取り出すと、いつものように指先で挟んでクルクルと回してみた。いつものように羽根の一部が虹色にキラキラと輝く。


 なんと美しい輝きよ。元はなんという鳥のどの部分の羽根かは分からないが、神官長にとっては確かに宝石にも等しいその宝物。


 神官長はその輝きを迷うことなく婚姻のランプの火にくべる。長い年月で乾き切っている鳥の羽根はあっという間に燃え尽きた。なんとなく髪が焦げた時のような臭いがし、この羽根も元は生きていた動物の一部であったと神官長はあらためて知った。


「その最後の命を、共に我が主に捧げ、永遠(えいえん)のものとならんことを」


 羽根の軸の部分だけが細長くまだ燃え残り、プスプスと煙を上げているが、やがて輝いていた羽根の部分と同じく、これも燃え尽きてしまうだろう。


 神官長はそう考えながらバルコニーの柱の上に、自分も婚姻のランプであるかのように後ろ向きに腰をかけた。


 自分ももうすぐ宝物の羽根のように燃え尽きる。ならば完全に燃え尽きる前にこの命を美しき(あるじ)に捧げん。婚姻のランプの炎になったあの羽根のように、自分の命も主の命の火として共に燃えるのだ。

 

 神官長は背後に民たちの声を聞きながら、その(とき)を待った。民たちの流れがこの国を理想の国、夢の国への流れを作っている。そう思っていた時に三度目が来た。


 心臓がくっと一つ震え、一度目とも二度目とも同じ、世界が小さく遠くなっていくのを感じると、神官長は両手を翼のように広げ、そのまま後ろへと体重をかけた。


 世界が遠く小さくなっていく中、神官長は空に浮いているのを感じた。まるで本当に翼を持って空に舞い上がったように、地上が遠くなるように永遠に吸い込まれていく。


 もしもそのまま落ちていかなければ、マユリアが言った通りに三度目の発作の後、心臓が止まってもうしばらくしてから完全に命の火は消えていた。だが、心臓が止まって間もなく、まだその命が完全に消え切らぬまさにその直前に、神官長は背中から地面に打ち付けられて命を失った。自らの意思で、残り少ないその最後の輝きを女神に捧げたのだ。


 神官長から離れた命は女神マユリアの手にあった。人の命の最後のつながり、その切れた糸の端を美しい手が握り、掌の中に輝きながら吸い込まれて消えた。


「メレ、シャンタル神殿の神官長であった者。今はわたくしの命の一部になった者。ありがとう、人の命の輝きが、わたくしにさらなる力を与えてくれます。あなたは永遠に私の中から理想の国を見守り続けることでしょう」


 言葉通り、婚礼衣装のマユリアはより一層光輝いていた。


 同じ時刻、神官長室でセルマの治療を終えたばかりのシャンタルは、いきなり体から力が抜けるのを感じた。


「やられたかも知れないね」


 思わずシャンタルの口から出た言葉だ。


 おそらく、マユリアの力で隠されていた神官長が何かをやったに違いない。その瞬間、ほんの一瞬だがシャンタルは大きな力に押さえつけられるような感触に包まれた。


「神官長が何かやったような気がするんだ。トーヤ、見てきて」


 トーヤと、その後を追ってルギ、ベル、ダルが神官長室から飛び出して行った。

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