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22 最後の仕事

 神官長は諸々(もろもろ)の準備を整えるとその時を待つ。


 マユリアの言う通り、まずエリス様ご一行に偽装した「黒のシャンタル」とその仲間たちが神殿に姿を現した。その後、予定よりやや早く国王一家が現れ、神殿前で鉢合わせた時には少し慌てたが、それもうまく差配(さはい)できた。


 まず現国王一人を神官長室に案内し、中であることが起こるのを待つことにしていたが、その時にエリス様ご一行にその音を聞きつけられては困る。何しろご一行にはあのルギとアルディナから来た傭兵がいる。エリス様の侍女と名乗っていたベルという少女も曲者(くせもの)だ、ああいう子どもは妙に耳ざとい。知られるわけにはいかない、その前に正殿に入れてしまわねば。


 うまく全員を配置し、頃もよしと神官長が自室へと向かうと、思った通りに事は進んでくれていた。


「これは、一体どうなさったのです」


 神官長室では息子の現国王が倒れ、父親の前国王が血の付いた剣を持って震えていた。


「こ、こ、これは、刃がつぶしてあるとの話ではなかったか!」


 今朝、有利な立場にある息子との差を埋めるためと渡された剣だ。その時に刃がつぶしてあるのは確認していた。


「ええ、確かに」

「ならば、ならばなぜ、このようなことに……」

「陛下もお確かめになられたではないですか」


 神官長は前国王に近づくと、血のついたその剣の刃の部分をぐいっと握った。前国王はその行動に思わず体をこわばらせ、固まったままのその手からするりと剣の柄が抜けた。神官長は刃の部分を握って剣を引き寄せる。


「この剣の刃は、ほら、この通りにつぶしてあります。いくら強く握ろうとも傷一つつきはしません」


 神官長が手を広げて見せると、そこには剣に付いていた血が線のように痕を残してはいたが、傷が付いているようには思えない。


 ではなぜ息子はあのように血を流して倒れているのだ。自らの手であの剣を突き刺した時の感触はまだこの手に残っている。なぜだ、なぜなのだと混乱している前国王の腹部に、いきなり熱さが生まれた。


「刃は間違いなくつぶしてあります。ですが、その切っ先はつぶさずに置いておいたのですよ。ですからほら、このようにしっかりと刺さりますでしょう」


 前国王が言われた方を見下ろすと、自分の腹部から剣が生えていた。


「それにしても大したものです。てっきり剣を奪い取られ、あなた様の方が倒れるとばかり思っておりましたのに。まあ、私としては御子息よりもあなたが相手の方が楽ではありました、ありがとうございます」


 ここにきて前国王はやっと理解した。あの剣は罠だった。二人の国王、父と子を争わせ、共倒れにするつもりであったのだと。


「生き残られたのはお父上の方、ですから婚姻誓約書はこちらを使わせていただきます。不要な(ほう)はどうぞお持ちになってください。勝利の証です」


 神官長はその言葉と共に息子である現国王の署名のある婚姻誓約書を二つに引き裂くと、力が抜けた父親である前国王の手に握らせた。


「おめでとうございます。あなたの署名のある婚姻誓約書にマユリアが並んでその尊き御名(みな)を記されます。なんと(ほまれ)なことでしょう」


 前国王はその紙を握らされたまま、ずるずると壁に背中をもたれさせながら下まで崩れ落ちた。


「あなたにとって国王として最後のお仕事、そして私もこれで最後の仕事を終えることができました。慣れぬ仕事ゆえ、どうなるかと心配しておったのですが、おかげさまできれいに終えることができました」


 前国王は神官長の言葉を聞いているのかいないのか、ゆっくりと力なく両目を閉じて全身の力が抜けていく。


「もうすぐ発見者がやってまいります。それまでどうぞそこでごゆっくりお控えください」

 

 神官長は丁寧に二人の国王に頭を下げると、二人が倒れている部屋の隣にある部屋と身を隠した。ここでヌオリが来るのを待つつもりだ。


「少しばかり話に齟齬(そご)が出るでしょうが、まあ仕方がないことです。この世で一番面倒な仕事はこうして終えたこと、後は一番重要な仕事を無事に終えることに意識を向けることにいたしましょう」


 待っていると思った通りヌオリがやってきて、大声で叫んで部屋から飛び出して行った。神官長は小部屋から出ると呆然と惨劇の場で立ち尽くす。声を聞きつけたルギとキリエがやってきて、一通り見聞を終えると、残された前国王の署名のある婚姻誓約書を持ってマユリアの元へと急いだ。この後もやることは全てもう決まっている、その(とき)を待つばかりだ。


 全てをやり尽くすと神官長は後ろを振り返らず、予定通りにバルコニーへとやってきた。タンドラたちが民を扇動し、王宮へと誘導することに成功したと信じている。その一部が神殿前でトーヤたちに捕縛(ほばく)されているとは知らなかったが、特に問題は感じなかった。


 やがて、マユリアに言われたように一度目がやってきた。一瞬、世界が暗く小さくなったがすぐに元通りになる。


 神官長は片手に持った婚姻のランプをバルコニーの柱の上に置くと、


「聖なる婚姻の火よ、永遠(えいえん)なれ」


 そう言いながら火を点けて祈りの言葉を続けた。続いて懐から取り出した絹で出来た小袋もその火にくべ、小袋とその中身が聖なる婚姻の火によってきれいに燃え尽きるのを見届けた。

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