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18 命の重さ

「時の許す限りお仕えいたします。そしてその最後の時を我が主に捧げます」

「許します」


 主従(しゅじゅう)の間で聖なる契約が結ばれた。


「ありがたきお言葉」


 神官長の表情は誇りで輝いていたが、次の瞬間、一気にしおれた。


「どうしました」

「いえ、あまりの喜びに打ち震えておりましたが、気になることができました」

「なんです、言ってみなさい」

「はい」


 神官長は意を決して言葉を続ける。


「この命までお捧げすることを許された喜び、身に余る光栄と受け止めておりますが、主にとってはご迷惑なものではないのかと。今さらながら、なんというわがままをとその不敬が恐ろしくなってまいりました」


 さっきまでの明るい表情が一気に沈み込んだ。


「何がそのように恐ろしいのです」


 主の言葉に神官長は先ほどまでの饒舌(じょうぜつ)はどこに、縫い止められたかのようにその口を(ひら)けずにいる。


「時がありません。必要なことは述べてください」


 主の言葉に神官長はやっと心の内を口にする。


「私の命など、それも最後の短い時など、受け取られても迷惑なだけではないでしょうか。それなのに、そのようなお荷物を背負っていただきたいなどとのわがままを受け入れていただくなど、あまりの自分本位が恐ろしいと」


 神官長の様子に主、マユリアは優しくふっと微笑んだ。


「人の命の重さは同じでいて同じではないのです」


 神の言葉に神官長は授業を受ける生徒の顔になる。


「人が生きている間の重さは同じです、ですがその始まりと終わりの時の重さは、生きている間に匹敵(ひってき)するほどの重さを持つものなのです」


 神官長も聞いたことがない話であった。新しい知識に触れる時、神官長はいつも幼い時にそうであったように、一言も聞き漏らすまいと全身でそのことに向かい合う。


「無から有をなし、有を無へと返す、これは本当に重さを必要とすることです。それと同じく命というものも、生まれる時、そして天に命を返す時が一番重い」


 マユリアは神のみが知る真実を優秀な生徒に語って聞かせる。


「人がこの世に生を受ける時、つまり無から有へと姿を変える時の重さ、人が死す時、有から無へと戻る時の命の重さは、その人が生きてきた人生の長さに匹敵するものなのです」


 神官長は一瞬でその言葉の意味を理解した。


「では、私が捧げる最後の時の重さは、私のこれまで生きてきた数十年と同じ重さがあるということなのでしょうか」

「その通りです」

「ああ、なんという光栄な……」


 神官長は両手で顔を覆い、その手が震えていた。


「これまで何のためにただ長々と生き延びてきたのかと思う日々でした。ですがその長さと同じ価値を最後の時に持つことができる、その価値を我が主に捧げることができるとは。重ねた日々も無駄ではなかったと、己を誇ることができます。ありがとうございます……」


 顔に重ねた手からのぞく唇も、その(つむ)ぐ言葉も震えている。


「あなたの想いの深さを知ったからです。その真心に報いるために、あなたの最後の時を受け入れましょう」

「ありがとうございます」

「ですが、これだけは忘れないでください。最後の最後のその時まで、前を向いて生きることをやめぬように。精一杯今の生を歩むことを約束してほしいのです」

「それはもちろんです」


 そう言ってから神官長は喜びに輝く顔を曇らせる。


「私の本心はいついつまでも主のお為に尽くしたい、それだけです。今の私が15の少年であればよかったと心の底から思います。そうであれば、この先美しい理想の国を繁栄させるためにまだまだ働くことが出来ます。望むならばさらなる百年、千年の(よわい)があればどれほど喜ばしいことかと。ですがそれは不可能なこと、それも理解しております」


 マユリアはじっと黙って神官長の言葉に耳を傾けている。


「限りある人の生、その最後の最後までを主のために生きられる。望むべくもない永遠の命を望むより、その真実を受け止めてその時までお仕えいたします」


 神官長は心の内を全て美しい主に届け、次の言葉を待ったが、返ってきたのは期待とは違う言葉であった。


「違うのです。人とても永遠の命を得る方法はあります」


 神官長は驚きのあまり言葉を失う。


 自分は限りある命、次の交代の時まで残る命を全てと、この肉体と魂をつなぐ糸を切ることによって最後の命を主に捧げようと決めた。それは人の命には限りがある、永遠はないと思っていたからだ。実際にそうだろうと今も思っている。それなのに主は人にも永遠の命があると言うのだ。ならばその永遠の命をいただけないだろうかと思うのも当然だろう。


「ごめんなさい」


 マユリアが悲しそうな顔で神官長に謝った。


「いえ」


 そう言いながらも神官長は違うことを思っていた。謝罪よりもその永遠の命をおまえにと言っていただきたい。そう望むのも当然だろう。


 だがマユリアはそう言わず、また思わぬ言葉を口にした。


「確かに人が神と共にある方法はあります。ですがそれとて際限なくというわけではありません。共に歩くにふさわしい相手、必要な相手とでなくば叶わぬのです」


 その言葉に神官長の心の芯は冷たく冷えた。


『オマエハソノアイテニフサワシクハナイソンザイ』


 主から与えられた言葉の真実が突き刺さる。

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