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14 神官長という立場

「分かった、伺いますとお答えしておいてください」

「はい、分かりました」


 伝言を伝えに来た神官は宮からの使いに返事をするために去って行った。静かな廊下から静かな足音が遠ざかっていく。それほどの沈黙の中、神官長は全身が聴覚になっていたかのようにその連絡を聞いた。


 寝台からそっと降り、どこにいるか分からない、どの方か分からない方に頭を下げ、


「感謝いたします」


 と礼を述べた。


 まだ今日お会いできるかどうか分からない。だが会えるような気がする。


「もう一度お会いできたなら、きっと自分の人生を大きく変える出来事になるはず」


 神官長はもう一度深く頭を下げ、今の人生で一番深く感謝をした。


 昼食を済ませ、宮からの迎えが来たので神官長は前の宮にあるマユリアの客室へと向かった。


 これまではここにしか入れてもらえぬことが不服であった。なぜ奥宮のマユリアの応接に通してもらえないのかと。だが今はかえってここであることがありがたい。あの不思議な声を聞いたこの部屋が特別な空間であると思える。


 部屋に通されてしばらく待つと、奥の扉からいつものようにマユリアがお出ましになった。


「お待たせしましたね」

「いえ、こちらこそわざわざご足労いただき恐縮です」


 いつものように声をかけられ、いつものように礼を言う。


 幸いにして神官長はマユリアと二人だけで面会を許される立場だ。だからこそ、この間も誰にも見られることなく、あのように声をかけていただけた。その点だけは神官長という職に就いたことに感謝できる。


 神官と言えど男性であり、マユリアが男性と二人きりで面会をするなどあり得ない。必ずマユリア付きの侍女がお側に控えることになる。

 

 だが、神官でも上位三役となれば話は変わってくる。性別を超えて同じく神に仕える身、男性とは考えぬとの前提だ。俗世の欲を捨て、全てを神に捧げる清らかな神官の(おさ)でありその補佐役に、その心を疑うように、監視のように侍女を付けるのは失礼にあたる。


 ただ、当代マユリアのあまりの美しさから、たとえ神殿の三役と言えど誰かをお付けした方がいいのではないかとの意見が出たこともあるという。だが侍女頭がその意見を一掃した。


「侍女も神官も共にシャンタルとマユリアを(あるじ)と頂き、全てを捧げた身。その中でもさらに三役はその長です、そのように失礼な振る舞いは許されません」


 二千年に渡る慣習を一時の感情で(くつがえ)すなど言語道断、侍女頭としては当然の判断であっただろう。そのおかげで神官長は貴重な時を手にすることができる。 


「では、このように宮の中の連絡を変更すれば、神殿への助力の手続きが簡素化できるというわけですね」

「はい。元から宮と神殿では役割が違っております。あくまで神殿からはお手伝いという形しか取れませんでした。その役割は守らなければなりません。それを守りながら、できるだけ早く、人の手を(わずら)わせずにいかに協力ができるかを考えました」


 神官長の言葉通り、シャンタル宮は生き神、現世に御座(おわ)すシャンタルとマユリアのお世話をする場所であり、神殿は神を(まつ)り儀式を行う場所である。同じ神に仕える身ではあっても、根本的に役割も違えば立場も違う。そのため、互いに何か交流をする必要がある時には、面倒な手続きを踏まなければならなかった。


「それからこの部分ですが、これまでは宮か外への通達がある時には神官に出向いてもらっていましたが、新しく月虹隊にその役目を担ってもらうことになりました」

「あ、はい、伺っております」


 確かにこれまでは宮の雑用と思える仕事も神官の役割であったが、これで本来の業務や修行に専念することができる。だが、そうは思いながらも神官長の心中(しんちゅう)は複雑でもあった。


「宮と民を結ぶ兵」


 月虹兵の役割はそれだと耳にした。宮には衛士、リュセルスの街には憲兵がいる。これまではその間をつなぐ業務を神官が請け負っていたわけだが、いきなりそんなよく分からない兵団を作り、しかもその最初の一人がカースの漁師の息子だなどと、なんとも理解も納得もできないことだと神官長は多少の反感を感じてドキリとした。


 この反感は一体誰に、どこに向けられたのもなのだ。つまりはこの役務(えきむ)を定めたマユリアに向けたものではないのか。


 なんと恐ろしいことを考えたのだと思いながらも、神官長の中にもう一つ違う考えも浮かぶ。


 自分を理解してくださる方が確かにいる。実の主はその方なのではないか。


 もしも自分の考えが当たっているとするならば、目の前のこのお方は主であって主ではない。


 もちろん、長年に渡って宮に君臨されてきたお方、しかも歴史上最も美しいと言われるお方だ。尊敬も尊重もしている。だが、このお方に自分は尊重されたことも共感していただいたこともない。なんともさびしい話だがそれが事実だ。

 

 そんなことを考えていると、神官長にはまたあの声が聞こえてきた。


『聖なる湖で見たことで、そのように苦しんでいるのですね』


 ああ、あのお方は自分の本当の苦しみをご存知だ。理解し、憐れんでくださった。そしてこうもおっしゃってくださった。


『今は時がありません。またきっと会いましょう』


 その(とき)とは一体いつ来てくれるのだろう。

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