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13 待ち続けた刻

 初めての出会いから神官長は待った。あれほど苦痛であったシャンタル宮との折衝(せっしょう)も、もしや次こそまたあの方とお会いできるのではと思うと楽しみになってきた。


「ずいぶんとお元気そうになられたようで、よかったです」


 ある時、侍女頭のキリエがそう声をかけてきた。


「ありがとうございます、さようでしょうか」


 神官長は少し戸惑いながら礼を言った。


 思えばこれまで、このシャンタル宮の人の最高責任者に、こんなねぎらいの言葉をかけてもらったことはなかった。


「ならばよかったです。あの後、体調を崩されて長らく寝付いておられましたし、気になっておりました」


 あの後とは、シャンタルの葬儀のことだろう。神官長はその夜から高熱を出し、しばらく床上げをすることができなかった。


 そういえば、あの時侍女頭は膝のあたりまで冷たい湖に浸かったはずだ。年齢も神官長よりは上、それで何事もなかったというのだから、この女性は本当に鋼鉄ででもできているのだろうかと神官長は思った。


「ありがとうございます。おかげさまでなんとか復調いたしました」

「面倒なことをお願いすることにもなり、負担をかけているのではないかと気にはなっておりましたが、このところは明るいご様子で安心いたしました」


 神官長はこの言葉にドキリとする。目の前の老女はただの人ではない。もしや自分の様子に不信感を抱き、何かあるのではと探っているのではないかと思ったからだ。


「さようですか。やはり体調というのは気持ちにも大きな影響を与えるものなのかも知れません」


 神官長はやっとの思いでそれだけを口にする。


 気をつけなければならない。知らぬうちに浮かれた気持ちが表に出るようなことは控えなければ。


『今は時がありません。またきっと会いましょう』


 この言葉を信じ、その時を待つことのどれほど胸の高鳴ることか。だが、そのことで侍女頭に不信を抱かれるようなことになれば、何もかもが台無しになる予感がする。


 その後は何事もなかったように業務の相談をし、ごく普通の態度で侍女頭の応接を出たはずだ。


 神官長は急ぎ自分の私室に戻ると、今日話し合ったことのまとめに入った。この業務をまとめてしまえば、またマユリアに面会に行ける。次の機会が来る。それだけを心の支えに。

 

 その日、神官長は他のいつもの業務を片付けると、夜遅くまでキリエと相談したことをまとめ、次の段階に持っていけるまでに仕上げた。後はキリエに見せてマユリアに面会を申し出るだけだ。


 そのつもりでキリエに面会に行くと、


「こんなに早くやっていただけるとは思いませんでした、しかもこんなに見事に」


 と、キリエは驚きながらも神官長を見直したという表情になる。


「では、それでよろしいですか」

「ええ、すぐにでもマユリアにご許可いただけるでしょう。ご苦労さまでした」


 キリエは満足そうに神官長をねぎらうが、少し風向きが違う。


「あの、マユリアには」

「ここまで仕上げていただいたのですから、わざわざまた宮へご足労(そくろう)願うこともないでしょう。随分とお疲れのご様子ですし」


 それでは意味がない。確かに昨夜はほとんど寝ずに根を詰めた。言われるように疲れてはいるが、それは何もかもマユリアへの面会を取り付けるためだ。


「いえ、やはり自分の手でマユリアのご意見を伺いたいのです」


 神官長は珍しくキリエの言葉に否やと唱えた。


「早く帰ってお休みになった方がいいかと思ったのですが」


 昨日の話からキリエはどうやら自分を気遣って言ってくれてるらしいとは分かるのだが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「この度は自分でも自分に感心するほどの出来栄えであったと思います。できるならば、直接マユリアに提出をし、見ていただきたい」


 子どもが自分の手柄を親に見てもらいたいかのような言い分だ。どう思われようとも構わない、絶対にマユリアに面会させていただく、そんな思いから子どもじみた理由を必死に絞り出した。


 キリエの顔からさきほど(わず)かに浮かんでいた称賛(しょうさん)は消え、いつものように鋼鉄の仮面に戻る。おそらく、つまらない自負心(じふしん)を満足させたいがための主張、そう思ってわずかばかりの評価も消え失せに違いない。


 だが、そんなものはどうでもいい。自分は少しでも早くあの声の(ぬし)にもう一度声をかけていただきたいだけだ。その他のものは何もかも意味のないものだ。


「分かりました。確かにご自分のなさった成果、ご自分で報告なさりたいとのお気持ち理解いたしました」


 面会の許可が降りたらまた連絡すると言われ、神官長は大人しく自分の持ち場である神殿に戻った。


 神官長は待った、マユリアに面会を許される時を。神殿の自室に籠もり、しばらく休むが宮からの連絡があったらすぐに伝えるようにと当番の神官に言いつけて、寝台に身を横たわらせるが眠れはしない。


 どのぐらいの時間が経ったのだろう。侍女頭の部屋に行ったのは朝一番だった。今は一体いつなのか。


 眠れはしないが意識が揺れるような中、


「神官長、宮からの連絡がありました。昼食後、マユリアにお時間をお取りいただけたとのことです」


 扉の外から当番の神官がそう声をかけてきた。


 待ち続けていた(とき)が来た。

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