11 運命を知る時
神官長は当代に内なる女神が表に出てきていることを知られぬように、うまくうまく話をつなげた。そのせいで当代は長らく、自分がほんの一瞬だけ気を失っているように勘違いをしていた。次第に体を乗っ取られる時間が増えていることに気がつかず。
その症状を気にはしながらも、これまで誰にもなかった二期目の任期、これも穢れの影響だとすれば、特に問題のない間は黙っていようと決めてしまった。心から信頼しているキリエにも、母とも姉とも思うラーラ様にも、守る剣であるルギにも話さず、一人で不調にじっと耐えていたのだ。
元より二期目の任期には何があってもおかしくはない。その覚悟の上でさらなる十年を引き受けたのだ、よほどのことがない限り、誰にも何も言うまい。幸いにもほんの短時間意識を失うだけ、それも他人に気がつかれぬほどの短い間のことだ。
それに自分には内なる女神がいらっしゃる。そのお方に守っていただけるはずだとも信じていた。この不調がその内なるお方のせいだとは思いもせず。
「あの、話を続けてもよろしいでしょうか」
「ごめんなさい、少し考え事をしてしまいました。ええ、続けてください」
何ごともなかったようにマユリアと神官長の会話は続き、用を済ませた神官長は部屋を辞して自室へと向かう。
今日の神官長はいつもとは少し違っていた。やはり先ほどの主のご様子が気になる。
初めてお目にかかれたのは、神殿の御祭神に「聖なる湖」で見たことの意味を問いかけて答えをいただけず、絶望の中に沈んだすぐ後のことであった。
なんとか自分を保ち、日々増える神殿の役割のことについてご意見を伺い、許可をいただくために当代マユリアに面会を求めたところ、マユリアの奥宮にある私室ではなく、前の宮にある客室での面会を許可された。
たとえ神殿の最高責任者である神官長といえど、聖域にはほとんど入れてはもらえない。神官は男性であるし、当然のこととは受け止めながらも、侍女たち、特にキリエを頭とする高位侍女との待遇の差を痛感することでもあった。
そのことも神官長の神経の疲労に拍車をかけていた。宮の中が落ち着かぬ、神官の手を貸してほしいとキリエから正式に申し出があった時、もちろん神殿が宮からの依頼を断るなど考えもしなかったが、宮の方が偉いのならば、自分たちでなんとかすればよいと思ったのも正直な気持ちであった。
神殿だって決して手が足りているわけではない。修行を求めてシャンタル宮の神殿に来る神官は多い。だが、大部分は一定期間の修業を終えると、自分の地元であるとか、他の地方の神殿の神官として赴任してしまう。どの者もみな、本宮であるシャンタル宮の神殿に勤められるのは誉であると言いながら、それでも地方の神殿に行きたがるのはつまりはそういうことだ。
神殿をシャンタル宮の影、付属品のように思っていて、窮屈な宮仕えをするよりも、地方の神殿の神官長として、地元の者の尊敬を受ける方がやりがいがあると分かっているからだ。
神官長は重い頭を抱えながら、なんとか宮の要望に応えるべく配置を考えた。
ただそれだけの作業のなんと苦痛であったことか。通常とは違う役目を伝える時、いつも神官長は神官たちに気を遣う。誰に何を頼んでも、不服に感じているように思うからだ。
実際はそうではないかも知れない。だが顔には出さないだけで、誰かの恨みを買ってしまうこともある。神官長はできるだけ問題が起こらないように人を選び、言葉を選びながら宮での勤務を伝え終わると、どっと疲れてしまった。
いつも思う。どうして侍女頭のキリエはいつもあのように堂々としていられるのか。「鋼鉄の侍女頭」と恐れられ、時に嫌われているだろうに。自分にはあのようなことはできない。神官長は弱々しく首を振る。
いっそもう神官長職を辞させてもらおうかと思うのだが、それもなかなか言い出せずにいる。
侍女はある程度の年齢になると、一線を退いて「北の離宮」に入ることになる。おそらくもうすぐ侍女頭のキリエもそちらに移動になるのだろう。だが神官長はそうはいかない。
神殿の役職者はその職を退くと、一般の神官職に戻ることになる。さすがに若い者と一緒の大部屋に戻されることはなく、そのまま個室を与えられることになるが、仕事自体は一般職と同じに戻る。
これは地味に堪えることだと神官長は思っていた。それまで役職にあった者が、尊敬を受ける部署に残ることもできず、一般職、閑職に追いやられるような感覚だ。身の置き場がないとも感じる。
侍女の場合、北の離宮に入った者は通常の業務は免除され、経験を積んだ者としての尊敬を受け、相談役などをしながら静かに余生を送る。侍女にはそのような場所が用意されているというのに、神官にはそのような場はない。
一線を退いた後、辺境の地の神殿に赴任して、そこで一生を終える者もあるにはあるが、少なくとも一度神官長を経験した者が辿る道ではない。
神官長とその下の三職、副神官長、神官長補佐二名の四名は、そのためか暗黙のうちに終生任期となっている。よほど病気で衰えでもしない限り、神官長は神官長のままその人生を終えるのが原則だ。




