7 変えられぬ運命
「一体その者は誰なのだ、なぜそんなことができる……」
トーヤの思考をライネンの弱々しい言葉が中断させた。
そういえばさっきも侍医がこう聞いていた。
「あの、あなたは一体どのような方なのでしょう。まるで……」
その後、神殿前で起こることを知っていたため、トーヤは侍医を相手にせずに、暴徒を止めるために神官長室から飛び出した。意味ありげに、逃走でもしそうな雰囲気を出しながら。
思った通りルギも後を追って神殿前にやってきた。国一番の腕の剣士と言われるシャンタル宮警護隊隊長だ、その腕前を暴徒を止めるために振るってもらおうじゃないか。その計算の上でのことだった。
後からさらにルギに投げつけられたアラン、少し遅れてシャンタルとベル、ミーヤとアーダまで駆けつけてくれた。トーヤは二人の侍女を乱闘の現場から距離を取らせる目的もあり、捕らえた暴徒を縛るためのひもを探してくれるようにと言ったのだが、二人は本当に大量にひもを持って帰ってきたもので、驚きながらもとても助かった。
その次はバルコニーに走る予定だった。やはり同じようにルギも引き付ければ、そこにいる貴族のバカ息子どもも簡単に一網打尽にできるだろう。自分とアランだけでもなんとかなるとは思うが、自分の国のことだ、ルギにも責任を持って動いてもらおう。そいつらさえ確保してしまえばキリエの危険も回避できるはずだ。
いくつもの道を見てきたが、どうやっても回避できない出来事がいくつかあった。そのうちの一つがヌオリたちのバルコニーからの民の扇動だ。
多少の顔ぶれの変化はあっても、必ずヌオリたちはバルコニーの上からなんらかの行動を起こし、その結果人数の増減はあっても、民たちは王宮や神殿、場合によってはシャンタル宮へとなだれ込んでいた。そしてその結果、押し寄せる民たちの下敷きになり、ダルやボーナム、月虹兵や衛士にも犠牲が出た。
何度やっても、どうやっても、必ず犠牲が出た。場合によっては助かる者も出たものの、必ずダルは違う方に入っていた。
トーヤはあの光の場で何度も何度も繰り返した。どうにかしてダルを救う道がないものかと。だがだめだった。一番犠牲が少ない場合でも、ダルだけは必ず犠牲になった。
『運命とは誰のものなのですか』
聖なる森での出来事を思い出す。トーヤはフェイを助けたくて必死に湖に走った。だが運命を変える出来事は許されぬと、迷うことになったのだ。
それがダルの運命なのか。
絶望の果てにトーヤは受け入れたのだ、決して受け入れられられないその運命を。
何があったのかは分からないが、ダルだけではなく、おそらく広場にいた月虹兵も衛士も全員が命を永らえてここにいる。気にはなるが、こうして皆が助かったのだ、もうどうでもいいとトーヤは考えていた。
そしてバルコニーに走ろうとした時、今度は神官長室で何かが起こった。キリエのものらしき声が聞こえ、トーヤは急いで神官長室に走る。思った通りの惨劇が起きていた。なぜだか相手を変えて。
トーヤがあの場で見たのはセルマではなくキリエが倒れている姿だ。来客室からあることがあってバルコニーに移動したヌオリは、民たちを動かしてから神官長室に戻り、そこでキリエと口論になった。二人の国王の遺体を寄越せと詰め寄るヌオリ、渡せないと拒否するキリエ。その挙げ句に逆上したヌオリの剣がキリエを切り裂き、絶命させていた。
来客室で仲間と共に震えるしかできなかったヌオリを動かした者がいた。ずっと前国王復権のために動いていた貴族の子弟たちを動かしていた者だ。
神官長。
アランを神官長室に誘導し、ルギと斬り合うように仕向け、自分は部屋を抜け出して来客室へと走った。
「何をなさっているのです、今こそヌオリ様たちが民に宣言なさる時ではないのですか。この国を真に考え、真に導くのはどなたなのです」
その言葉に動いたヌオリたちはバルコニーに走り、途中でタンドラとライネンばったりと出会って合流、両国王の運命を知らせることになる。
ヌオリたちはバルコニーに上がり、民たちにこう宣言をした、神官長に言われるままに。
「真の敵、それは皇太子に取り入り、そのお人柄を変えてしまったラキム、ジート両伯爵に他ならない!」
「両陛下の仇を討つのだ! そしてシャンタリオを本当の姿、あるべき姿に戻せ!」
「そうだ! 真の敵を討て!」
「さあ民たちよ共に行こうではないか!」
現実とほぼ同じ内容だが、少し状況が違う。現実にはヌオリから話を聞いたタンドラとライネンによってこの宣言がなされたが、この場合は大部分が神官長によって誘導された結果だ。
ヌオリたちはそう言って荒れ狂う民たちを王宮へと向かわせた。その結果、ダルたち月虹兵と衛士たちがそれに巻き込まれたのだ。
どうやってもヌオリたちによる宣言は止められなかった。ダルを救うために何度も何度も繰り返したが、どうやっても、色々に形を変えてこの宣言はなされることになってしまった。
ただ、今回のようにヌオリが捕まったことは一度もなく、必ず神官長の誘導によってバルコニーへ進んでしまった。
トーヤがどうやっても変えられなかったこと、それがこの扇動と、そして神官長の運命だった。




