6 ダルの運命
トーヤは八年前も、大ケガをしたルークと名乗って宮に入り込んだ今回も、何人もの神官の顔を見ていた。だが、タンドラのような隠密仕事を引き受ける神官は影に隠れ、決して顔を見せることがなかったのだろう。
「そりゃ分からねえはずだよな」
このような人間は「いない者」として行動をしている。その存在を知ることがまず難しい。ベルとダルに顔を見られたことは、一生の不覚であったと言ってもいいだろう。
だが、とにかくそのタンドラの誘導で、自分たちだけでは何も出来なかっただろう貴族の子弟たちは反乱軍の旗頭となって民たちを扇動した。
バルコニーからヌオリたちが集まっている民に叫ぶ。その時によって多少内容は違っていたが、結果としてその声に興奮した民たちが王宮や神殿になだれ込み、その人の群れに巻き込まれてダルたちは命を落としていた。
何度やり直してもその結果は変わらない。トーヤは正直、ダルのことは諦めていたに近い。
決して諦めたいと思っていたわけではない。親友だ、友という枠からはみ出して家族だ。シャンタルやアランやベルと同じ大切な存在だ。
それでもシャンタルを第一に助けること、それを考えて道を進んでいくと、その枠から少し離れたところにいるダルやリル、それからカースの人々にはどうやっても手が届かない。船の上にいるディレンとハリオにも。
宮の中、神殿の中で少数の人間に対してなら、トーヤがその場に降りることで影響を与えることはできる。だが、どこの誰とも分からない民たち、その集団、群衆、そしてやがて暴徒になる者たちにまで、その手を届かせることは難しい。
その遠い中、いっそアルロス号の上、カースの村は遠いからだろうか、まだいくらか変化があった。しかしダルの場合は暴動の渦中にいる。どのように人の群れを、流れを変えても、どうやっても暴徒に巻き込まれてしまう。ダルだけではなく、一緒にいる月虹隊と警護隊も共に。
何度も何度も色々な道を辿り、これだけはどうにもならない、そう結論を出すしかなかった。
これがダルの運命なのだ。そう思うしか。
トーヤは皆に宣言した通り、シャンタルを助けるためならそれが誰でも、たとえダルであったとしてもその運命に目をつぶると決めた。その覚悟を持ってあの場にあの時に降りたのだ。
それだけに神殿前にダルが現れ、自分の名を呼んでくれたことがどれほどうれしかったことか。
「おうダル、いいところに来てくれた。手伝ってくれ」
そう言うだけで精一杯だったが、本心ではすぐにでもダルに飛びつき、きつく抱きしめて「よく生きていてくれた」と言いたかった。
どうやってダルが助かったのか、今は全く分からない。どの行動がどうやって今の状況に結びついているのだろう。
「外で一体何があった、おまえ見てきただろ?」
一刻も早く何がどうなったのかを知りたくて思わずそう言ったが、話などしている場合ではなかった。シャンタルの魔法の網があるにはあるが、次から次へと興奮した民たちが神殿前の廊下を王宮に向かって駆け抜けようとするのを止めなければならないのだから。
だからルギがこう言った時、いつもとはまた違う嫌悪感をルギに抱いた。
「ダル、前の宮の入口の扉を閉めてきてくれ。鍵はボーナムとゼトが持っているはずだ」
もしもそちらに走らせたら、またダルが群衆に巻き込まれる可能性が出てくる。だがこの場合、何も知らないルギの判断はこれで正しい。そう思って何も言わずに見送った。ルギは間違えていない、何かがあったとしてもトーヤがルギを恨むのは筋違いだ。
「分かった、新手が入らないようになんとかしてくる」
そう言って駆け出したダルを止めたい衝動を必死に抑えるしかなかったが、幸いにもダルはまたすぐに月虹隊員と警護隊員と共に戻ってくれた。これでダルが命を落とす運命はとりあえず回避できたと、トーヤは心の底からホッとした。
人手が増えたことでそれから先はあっという間だった。神殿前は縛り上げられた元暴徒の競り市のようになっている。
もっとも暴徒の大部分は神殿の入口から入り、そのまま王宮へ向かっているはずだ。そちらの流れまでは止め切れない。切る部分は切る、そうしないとなることもならない。トーヤは長年の戦場暮らしでそのこともよく理解している。
王宮では今頃大変な騒ぎになっているだろうが、そちらは知らない。少なくとも前国王、元国王親子を命のある状態で確保さえしておけば、後でなんとでもできるのではないかと思っている。貴族同士の揉め事は貴族同士でなんとかしてくれ。そんな気持ちだ。
たったこれだけの人数で百人は下るまいという人数をなんとかしたのだ、それだけでも褒めてもらいたいものだとトーヤは思う。
「でもまだだ、まだ気を緩めるのは早い」
トーヤにはよく分かっている。どれほど有利であった戦況も、あっという間にひっくり返ることはある。今回は逆だった。あまりに不利な状況を、トーヤという駒を投入することで一つ一つひっくり返している途中なのだ。一瞬でも気を緩めたら、その瞬間にもすぐに足元をすくわれることだろう。そんなに甘い戦いではないはずだ。




