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 5 黒い小石

 トーヤが見た道の先ではキリエがヌオリに斬られて倒れていた。傷は深く、意識もなく、おそらく二人の国王同様、まだ命が残っていてももう助かりはしまいという状態だった。


 だから神官長室に戻った時、キリエではなくセルマが倒れ、キリエがその体を抱きしめている情景には正直驚いた。全く予想もしないことが起きていた。


「こういうこともあるんだな」


 なぜアランに捕まったヌオリがここにいて、なぜセルマが斬られることになったのかが分からなかったが、タンドラというこれまで知らなかった神官の存在から、前の宮から神殿への抜け道を通って来たのだと分かった。


「うん、もういいよ。これで命だけは助かった」


 シャンタルの声に室内にいた全員がそちらを振り向く。


「後は傷のことだけど、どの程度まで治るかは分からない」


 シャンタルの治癒魔法にも限界がある。シャンタル本人が言うように、生命力を活性化させる力だ。その力で治癒力を高め、軽いケガや病気ならきれいに治してしまうことができるが、それはあくまで時間をかければ治る範囲までのことだ。アランの腹部の傷も、だから(あと)が今でも残っている。

 言わば傷が付くことは運命だった、なかったことにはできない。だが、治癒魔法をかけることで命をとりとめたとしたら、それは助かる運命であったということだ。いくら魔法をかけても助からない命を助けることはできない。そのことは何度も経験してきているシャンタルが一番よく知っている。

 一番最初に治したトーヤの傷は、時間が経てばきれいに消えてしまう程度の浅い傷であった。だからすぐに薄くなって消えたが、両国王やセルマのように命に関わるほどの傷は、どの程度まで治るかは分からない。本人の生命力次第だ。


 八年前、トーヤはフェイの命を助けたさに「聖なる湖」の水を汲んできて飲ませたが、そこで一生を終える運命であったフェイの命を助けることはできなかった。シャンタルの力は聖なる湖の力と同じであるとも言えるのかも知れない。


「ありがとうございます」


 キリエはセルマをしっかりと抱きしめ、


「助かってよかった……」


 とつぶやいた。


 さて、問題はこの後だとトーヤは考える。


 いくつもの道を見た。その時、トーヤは人の位置より少しだけ高く、少しだけ神の高さにいたために、トーヤがいない道が広がっているのを見た。ゆえにそこに自分を投入した時にどうなるかを考え、可能性をいくつも見て降りる場所と時間を決めた。その道がやっとここまで進んだ。


 多少の計算違いはあったが、少なくともシャンタル、アラン、キリエ、両国王、そしてダルの命を救うことができた。上出来だとトーヤは考える。


 ダルについてはこんな道が見えていた。


 月虹隊隊長としてリュセルスの街の警護に当たっていたダルだが、アーリンを連れて前の宮の広場に来て、警護隊副隊長のボーナムと合流したところまでは同じだ。その後、ヌオリが姿を現さなかったことからライネンとタンドラが仲間たちと神殿の隠し扉から中に入ったところも同じ。だがその後が大きく違った。


 ヌオリは神殿の来客室に仲間と共に籠もり、どうすることもできずに身を潜めたままだった。ライネンたちはヌオリを見つけられずに、仕方なく自分たちに与えられていた部屋に移動した。つまりヌオリの口から二人の国王が亡くなったとは聞かずにいるままだ。


 ヌオリと共にいる仲間たちがどうなったかさっぱり分からない。どうすればいいか考えあぐねた挙げ句、こんな暴挙に出た。


 当初の予定では前国王を連れてバルコニーに行き、そこから前国王の復権を叫ぶはずだったが、肝心の国王がいないまま話を進めようとした。


「仕方がない、民たちを動かして神殿の中にいる皇太子を捕らえよう」


 考え方としては両国王が死んだと聞いた時と同じだが、少し内容が違う。


 今の状態ではヌオリも前国王もどうなっているかよく分からない。だが、現国王、ライネンたちはあくまで「皇太子」としか呼ばないその人は確実に神殿にいる。そこを民の力によって捕らえ、その上で王宮にいるラキム、ジート両伯爵を断罪し、敵勢力を一掃しようと考えたのだ。現国王を押さえておかねば、王命として自分たちが反逆者にされる可能性がある。


「陛下がおられるかおられないかだけの違いだ。何も変わらない。まず民たちを動かす」


 この提案をしているタンドラにトーヤは見覚えがなかった。前の宮で見かけたことがあるのはヌオリたち数名だけ、仲間の全員を知っているわけではない。それでてっきり、その中の一人だと思っていたのだが、まさか神官が実際にヌオリたちの仲間と共に行動しているとは思わなかった。


 ベルとダルが神官に後をつけられたとは聞いたが、神官長の命令で隠密行動などを請け負ったとしても、まさか民を扇動し、その先頭に立つような神官がいるとは思いもしなかった。まるで白い小石の中に混ざった黒い小石のように、タンドラは年若い貴族の子弟たちを操っていたらしい。


 神官長室にいたタンドラを見て、ベルとダルが自分たちを付けて来ていた神官の一人だと思い出し、タンドラ本人もベルがアベルでありエリス様の侍女であると気がついたことからそのことが判明した。

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