3 トーヤという要素
あの光の場でトーヤは最終決断をした。
『やるべきこと、それはシャンタルが死なないようにすることだ』
そのためには他の誰が危険であっても見捨てる。トーヤは他の者にそう告げて、前もって謝っていた。
驚いたベルが、本当に誰のことでもか、
『ミーヤさんでも?』
そう聞かれたことにも迷うことなく、
『ああ』
と答えた。
さらに同時に、こうも皆に宣言した。
『俺が足手まといだったら遠慮なく切り捨ててくれ』
シャンタルを第一に考える。そのためには自分のことも見捨てることをも約束させた。
トーヤの言葉で仲間たちも理解をした。トーヤが自分たちを切り捨てるだけではなく、トーヤを自分たちが切り捨てる道でもあることを。
この先を切り開くには、何があってもシャンタルには生きていてもらわなければならない。仲間たちも皆、そのことは理解はしていたが、トーヤの言葉であらためて現実を受け入れ、どんな残酷な選択を突きつけられたとしても、選ばなければならないと知った。
「だから、シャンタルを助けるための場所に降りる」
トーヤにはそれ以外に選ぶ道はなかった。
「けど、その後でどうするかを考えるために、今知ることをなんとか活かすために少し考える時間がほしい」
トーヤのその気持ちを受け入れ、十分に考えて考えて、もういいと言うまで光は待ってくれた。
その上でトーヤは降りたのだ。シャンタルを助けるための時と場所を決め、そこに。
降りた目の前では今まさにシャンタルが命を失おうとしていた。だが、その時まで待たねばトーヤがシャンタルを助けたことがマユリアに知られる、そのためにあえてギリギリの時を選んだ。
光の分身の白い石。その石が今、シャンタルに命を取り戻している。まだ少し時間がかかるが、その間に次の動きがあるはずだ。
思っていた通りすぐにヌオリの叫び声がして、アランが飛び出していく。その時に前にはなかった要素を加えた。
『親御様のところで世話になった』
この一言でアランの動きは変化するはずだ。
トーヤにできるのはそれだけのこと。一つ一つ小さな要素を付け加え、流れを変えていくことだけだ。
トーヤが促したことでアランがヌオリの後を追い、エリス様の部屋へ逃げ込む。これは最初に見た時にはなかった。トーヤという要素があったことアランは声の方へと走ることになった。
最初に見たアランは声を聞いても正殿から動かなかった。やはりシャンタルのことがあるからだ。命を失おうとしている仲間のいる部屋、ここでこの後何が起こるか分からない。そのことから部屋に残る選択をした。
その前にルギと一度刃を交えている。その時に腕の差は分かっているが、それでも皆を守るために、特に妹を守るためにこの場を離れられなかったのだ。
そうしてそのまま部屋に残り、その後でルギともう一度刃を交え、その結果命を落としていた。ルギが初めて奪った命、それがアランだった。
アランは今、正殿から出てヌオリを追っている。その先はうっすらとしか見えなかったが、トーヤはそれがエリス様の部屋であると判断した。シャンタルたちが当代を連れて奥宮を出て、そこまで来たことは確定した過去としてしっかりと見た。その先の一つに「アランがヌオリを追った場合」として、その部屋に駆け込む未来が可能性として見えた気がした。
ならば、確実にアランを走らせれば、少なくともアランはこのままここに留まって、その結果ルギともう一度やり合う可能性は低くなる。もしかしたらヌオリを確保して、キリエが斬られる可能性も消えるかも知れない。
それが第一のトーヤという要素がもたらす変化ではないか、そう思えた。
トーヤがシャンタルの命を取り留めたこと、アランにヌオリを追うように促したことで事は一つ動いた。次は二人の国王だ。
国王親子の傷は深い。トーヤはそれがどうして起こったことかも見ていた。犯人はもちろんヌオリではない。ヌオリは発見させられただけだ。
トーヤが最初に見た未来では、国王二人の有り様を見たヌオリは逆上し、神殿の外ではなく、神官長室の反対側にある仲間たちがいる部屋に飛び込んだ。そこで仲間たちに見たことを報告したが、聞いたからとてどうすればいいかも分からず、情けないことにただただ混乱するばかり。
声を聞いたキリエが準備室から出てきたが、アランから逃げる必要がなかったヌオリは神殿の外に飛び出すことなく、神官長室の向かい側、すぐそばにある来客室にまっすぐ飛び込んだため、キリエはその姿を見ることがなかった。
ルギがキリエを追い越して来たが、進行方向の右側、扉が開いている神官長室に気がついてそちらに向かった。キリエもすぐに後を追い、そこで二人は倒れている二人の国王と、それをじっと見ている神官長を発見。その後は特に変わることがなく、神官長は重厚な革表紙のある書類入れを抱えてマユリアが待つ準備室へと戻り、前国王の署名のある婚姻誓約書を手渡して正殿に戻った。
正殿ではマユリアの言葉通り「黒のシャンタル」が事切れており、侍女のベルがすがって泣き崩れ、他の者もどうしようもなくその場に立ち尽くすのみ。それが最初の光景であった。




