23 三つの選択肢
トーヤは自分がこれまで生きてきた道を振り返る。
「こっちに来る船に乗るって決めるまでは、別にどうってことねえな、こうして思い出すと。問題は船に乗るか乗らねえか、そこで大きく違ってくるってこった」
もしも、光が言うように好きな場所に降ろしてもらえるとしたら、それはもちろんこの三つの中から選ぶことになるのだろうと思った。
まずは生まれた時。父親を知らず、娼婦をやっていた「エリス」という名の女性から産まれる。これはどうやっても変えることはできない。だが、全部やり直すとするならば、やはりそこからやり直すというものだろう。
母をなくした後で親代わりになってくれたミーヤと出会ったのは2歳の時だが、ほとんど記憶はない。ミーヤから「こうだった」と話を聞いてなんとなく覚えているような気がするだけだ。
では母を亡くした4歳はどうかと言われても、やはりあまり記憶にはないし、どこでもいいと言われてわざわざここを選ぶ理由もない。その後の人生も同じくだ。どこからどう選んでも、やはり同じ道を辿るだろうとしか思えない。ならば途中からではなく最初からやり直した方が、まだ色々と変化がありそうに思えるというものだ。
次に選ぶとするならば、シャンタリオに来る船に乗るか乗らないかだ。トーヤの人生において、やはりこれが一番大きな分岐点だと言えるだろう。
もしも、船に乗らない道を選んだとしたら、うっすらと見たような道を辿るのだろうと思われた。大部分の生き残った傭兵が選ぶように、やがては戦場から身を引き、なんらかのたつきの道を立てて人生を終える。まあ、その前にかなりの者が命を落としているわけだが、運良くそこまで生き残ったら、その後はほぼそうなるか、もしくはそれすらできずにそのあたりで野垂れ死ぬ、それだけのことだ。
トーヤはどんな戦場でも、どんな状況でも生き残り、「死神」というありがたいのかなんだか分からない称号を得ただけに、どうやら生き残って普通の生活に入る道を進めるらしいとあれを見て分かった。そしておそらく人生の道連れらしき女性もそばにいてくれると。
「なかなかにありがたい人生だよな。どうしようもねえことやってきたにしちゃ、どうやらまともな終わりを迎えられそうだってんだからよ」
トーヤは相変わらず皮肉っぽくそう言った。
「そんで、俺が船には乗らねえ、そっちの安楽な道を選ぶと言ったらルークが助け手になるってことだよな」
『それは分かりません』
『それはルークの運命とは関係がないのです』
『もしも仮に、あなたが生まれ落ちる時からやり直し、その先を今と同じ道を選び、船に乗ったとしても』
『ルークが同じ船に乗ると決めるかどうか、それはまたその時にならないと分からないのです』
「それは見えなくなったシワのせい、どう影響があるかは分からねえってこったな」
『その通りです』
『先ほどあなたが見た船に乗らなかった未来』
『それすらも可能性の一つでしかないのです』
『新たに始めたことはまた新たに道を作ることになるからです』
「なるほど」
光の言わんとすることはなんとなく分かった。
「見えなくなったシワの影響はあんたにも分からん、そういうことか」
『そうです』
『見えぬものは見えぬこととして何も影響を与えぬのか』
『あったことは目に見えずとも何かの影響を及ぼすのか』
『それは誰にも分からぬことなのです』
トーヤは光の言葉を聞いていたが、何かを思いついたようでそれを尋ねる。
「あんたは俺を好きな場所に降ろすって言ったが、俺が生まれたことをなかったことにするってのはできるのか?」
とんでもない質問だった。
「俺が道を選んだ結果、なかったことになることができるってことは、そもそも俺が生まれなかったら、それが全部なかったことになるってことだよな」
『それはできません』
『あなたが生まれぬということ』
『それはあなたではなく、あなたを産んだ母の運命を変えるということです』
「なるほど」
どうやらそれは不可能なようだ。もしもできると言われても、それを選んだとは思えないのだが、一応聞いてみたかった。
「じゃあもう一つだ」
トーヤはまた厳しい顔で質問を重ねる。
「そうやって好き勝手に色々と変えられるんだったらな、いっそ黒のシャンタルの託宣をなかったことにしちゃどうなんだ。その方がサバサバするってもんだろうが。千年前の託宣さえなけりゃ、助け手も必要ないし、マユリアだってあんたの体に入って羨ましがることがなかった。つまり今回のようなことをやらかさずに済んだんじゃねえの?」
『それはできません』
光はきっぱりと言う。
『千年前の託宣』
『それは二千年前から続く神々の約定の果ての託宣』
『千年前にこの世が眠りについた時の約束事なのです』
「なんかよく分からんな」
トーヤは素直に首を傾げた。
「何を言ってるかは分からんが、あんたの運命にも関わることだから、自分でそれをなんとかすることはできねえ、そういう風に聞こえた気がする」
『そう思っていただいていいでしょう』
「なるほど」
トーヤは光の言葉に納得すると、
「そんじゃ分かった、俺もどこに降りるか決めた」
と告げた。




