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20 地図

 光の声はトーヤの心に染み込んできた。


 自分は心のどこかでこの運命を選びたくないと思っていたらしい。それもまた本音なのだと分かった。


『どれか一つ、見てみればいいかも知れませんよ』


 光の言葉と共に、さっき見たトーヤの運命が張り巡らされた蜘蛛の巣の上に座っていた。


『どれか一つを選んでください』


 トーヤは自分から四方八方に広がり、その先は見えなくなっている蜘蛛の巣を見て思わず息を飲んだ。


「選べって、もしかして、これを選んだらすぐにそこに飛ばされるってんじゃねえだろうな」

 

 光がシャラシャラと笑うように揺れる。


『いいえ、それはありません』


『この道は、今、この場にいるから見えるだけの物』


『地図のようなものだと思ってください』


『地図の道を進めばどこに到着するのか』


『それを見てみるだけのことです』


 地図を見る。数えることもできないほどやってきたことだ。


 そういえばと思い出す。こちらに付いて来る、共に行くとアランとベルが決めてそう言ってくれた時、トーヤはどうしようもないほどの喜びと、そして申し訳無さを感じながら、それを見せないために地図を広げた。ただこの先に進む方向だけを伝えようとして。


『それと同じことです』


 やはり光はトーヤの心を読むのだろう、そんなことを言った。


『これから進む先を知るために、地図を見るのは普通のことでしょう』


『それと同じです』


「本当にそのまま飛ばされたりってことはねえんだな?」


『ありません』

 

 どうしようかとさらにトーヤは迷う。


 一体何を迷っているのか。見るだけならいいのではないかと囁く自分の声、見るなと囁く自分の声。その間で心が揺れる。


 正直なところ、さっき神様の位置まで上がった時にかなりのことは見てしまった。それこそ無数の可能性を全部見たと言ってもいい。その中で、ある一つの道がかなりはっきりと見えていた。


 おそらく、今の時点から前に進む道が一番強く、その次が八年前から前に進む道だ。その二点から広がる蜘蛛の糸が一番濃く浮かんでいたのは間違いがない。だが、その中でことさら濃く見えていたことがあった。それがその道だった。八年前、トーヤがこちらに来ることを選ばなかった道らしい。


 海を渡るか渡らないか。それは大きな分岐点だった。だからこそ「そうではなかった場合」が強く色づいて見えたのかも知れない。


 トーヤはあちらのミーヤが亡くなった後、ある娼家の馴染みの女の部屋に転がり込んでいた。何をどうする気力もなく、それまでは同じく家を持たないディレンの宿に住み着くようにしていたのだが、ディレンが航海に出る間、どこかに腰を落ち着けるように言われてそこを選んだ。


 実際にはトーヤはディレンが帰るのを待たずにシャンタリオに行く船に乗って海に出てしまったわけだが、いくつもの可能性の中にあった海には出ず、ディレンが帰るまでそこにいた道。これがその一つだった。


 一月(ひとつき)ほど後、帰ってきたディレンに「やることがないのなら船を手伝え」と言われて手伝うようになった。幼い頃から戦場稼ぎから戻った冬の季節などにはディレンの船に乗って小遣い稼ぎをしていた。その続きとばかり特に抵抗もなく船に乗り、年月が経つとそのうち傭兵はやめてしまい、本格的に船乗りになっていった。

 

 海から帰るとトーヤはやはりその馴染みの女のところに転がり込み、船が出る時にはまたそこから出かける。ディレンがミーヤのところに帰っていたのと同じように。そこが帰る場所であるかのように。


 何年かそんな生活を続け、トーヤの助けもあったからか、やがてディレンがもう一度船を手にいれることになった。それはとても最初に持っていた船ほどの大きさはなかったものの、一緒に商売をするには十分な大きさで、内海を人や物を運んで忙しく行き来して、平凡だが充実した日々を送るようになった。


 そんな間、ずっとそばにその女がいた。赤みがかった黒い髪、平凡で特にどうという特徴もない女だったが、なんとなく一緒にいると落ち着く、そんな女だ。それでトーヤは二年ほどの間、その女と馴染みとしての仲を続けていた。戦場から戻り、ミーヤのところに帰る前に、その女のところで戦場の臭いを落とし、少し人心地を取り戻す。それが習慣になっていた。

 

 その道を歩き、ふと振り向くといつもその女がいた。なんとなく懐かしさを感じ、その道も悪くはないのではないか、そう思えた。もしかして、海を渡る道を選ばなければ、ずっとあの女と一緒に歩いていたのだろうか。


『可能性です』


 トーヤの迷いを読み取るように光が言う。


『何もかも可能性の一つです』


 そうなのだろうか。


 もしもあれが星の数ほどある可能性の一つだというのなら、その中でも特に強く可能性のある道なのだろう。


『どうしますか』


 光が尋ねる。


『いくつかの道、いくつかの可能性を見てきて、それから決めても構いません』


『ここでは時間は無限にあるのです、後悔のないようによく考えてください』


『ですが、降ろせる場所は一つだけ、一回だけです』


『やり直しはできません』


『あなたは次に降りた道からまっすぐにその道を進むことになります』


『これが、わたくしがあなたにできる唯一のことなのです』

トーヤがこの時に一緒にいた女性を主人公にした話が外伝の「Jean Was Lonely」です。

トーヤがもう一つの人生を選んだ時、もしかしたら一緒にいたかも知れない女性の話、よろしければご一読ください。


https://ncode.syosetu.com/n4575jw/



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