14 トーヤがいた場所
「あなたは一体誰なのだ? なぜそのような力を持っている?」
ライネンの質問にシャンタルは答えず、ただセルマを助けるために集中している。
「あなたは一体」
「そりゃそうと、変だと思わねえか?」
ライネンがもう一度その正体を尋ねる言葉を遮って、ベルがそう言い出した。
「なんでこんなに大騒ぎなのに、誰も出てこねえんだ?」
「それは、神殿からは誰もいなくなっていますし、宮では部屋から出ぬようにとお達しがあるからかと」
部屋の入口のところでミーヤと並んで立っているアーダがそう言う。
「先ほど、侍医をお連れした時にも、廊下を走ってもどなたも言いつけを守ってお出になりませんでしたし」
「ちがう。おれが言ってんのはそうじゃない人」
「そうじゃない方ですか」
「うん、こっち」
と、ベルが神殿の奥を指差す。
「あの奥にいる人たちだよ」
ベルが言っているのは神官長と、そしてもちろんマユリアだ。
「こんだけわあわあ言ってたらさ、何があったのかって不思議に思って見に来るのが普通じゃねえ? それにルギも王様も婚儀ってのに行かないんだし、遅いなって思って見に来ないのも変だ」
ベルの言う通りだった。
「確かにもうお一人の主役、国王陛下がいらっしゃらなけばおかしいと思いますね」
奥から出てきたフウだった。
「それにルギ隊長も婚儀の付き添いをなさるはずですよね? ということは、マユリアお一人ではどうしようもないということです」
「そうだよな」
ベルがフウの言葉にぶんぶんと頷いた。
「もしかしたら知ってたってことか」
アランが切り込むようにそう言った。
「え、知ってたって何がだよ、兄貴」
「言葉の通りだよ。奥にいる方々はこうなることを知っていて黙っている。もしくは、だ」
アランが厳しい顔をベルに向けた。
「むしろそれが目的で今回の婚儀だのなんだのを仕組んだ」
「ええっ!」
「いえ、アランさんのおっしゃるように私もそうではないかと思いました」
「フウさんまで!」
この二人が揃って言うということは、もしかするとそれが正解なのではないかとダルもミーヤも、そしてアーダも思ったことが互いの顔から分かった。
「それと不思議ってのなら、俺はもう一つ不思議なことがあるんだ。なあトーヤ、あんた、一体何を見てきたんだ」
アランの言葉で全員の目がトーヤに向けられる。
「さすがアラン」
いつもの言葉を口にして、トーヤは一つニヤッと笑った。
「さっき、あんな現れ方をしたのも不思議だったが、それよりも俺はこっちの方が気になった。俺がこのバカ息子の声を聞いて飛び出した時、あんなことを言ったよな。なんでだ?」
ヌオリの叫び声が聞こえ、トーヤがアランに見に行くようにと促した。そのすれ違いざまに一言だけ、アランに聞こえるような声でこう言ったのだ。
「親御様のところで世話んなってた」
あの場では全く関わりのない人の、関わりない場所の話のはずだ。それをわざわざ伝えたということは、その人を、その場所を覚えておけという意味だとアランは理解し、その結果当代シャンタルを実の母親である親御様のところに預けた。
「結局俺はその言葉の通りに動くことになったが、それでよかったんだよな?」
「そうだ、そのつもりでああ言った」
いつもの戦場でもそうやって互いに情報を伝え合うことがある。だからその方法についてはアランも何も思うことはない。
「だよな。だけど、なんでそれを伝えてきたのかとはちょっとだけ不思議に思ってた。結果的に助かったからよかったけどな」
「だろ?」
トーヤがふざけたようにそう返したが、アランは真面目な顔でまた続ける。
「それからな、さっきあんた一度はバルコニーに向かおうとしてこう言ったよな。しまった、そっちが先かって」
「やっぱ気づいてたか、さすがアラン」
「つまり、あんたはここで何かが起きることを知ってた。そういうことでいいのか?」
アランの質問にトーヤは曖昧に笑ってみせると、小さくふっと息を吐いてこう言った。
「まったくな、今にして八年前のキリエさんやラーラ様やマユリアの苦労がよく分かるってな、どういうこったよ。知ってて言えない、言うわけにはいかない、いや、知ってるからこそ言ってはならねえってのは、なんともじれってえもんだよなあ」
言い終わるとトーヤは真面目な顔に戻って言葉を続けた。
「ああ、知ってると言っていいと思う。知ってると言い切れるほどには知らねえが、知らないと言うわけにもいかない」
誰もがその言葉をどうとらえていいのか分からず、何を言っていいのかも分からない中、やはり素直なベルが心のままにこうつぶやいた。
「トーヤ、なんか、どっかでなんか見てきたみたいなこと言ってるよな」
「さすがは童子様、するどいな」
ベルの言葉でどう続けていいかと考えていたトーヤも少し気持ちが楽になった。
「こいつの言う通りだと思ってくれていいだろう」
「ってことはどっか行ってたってことか」
「まあ、そういうこったな」
この言葉に心当たりのある数名は同じ場所を心に浮かべていた。不思議な力に導かれた光に照らされた場所を。




