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13 奇跡を起こす人

 タンドラはライネンの言葉にも何も答えず、無表情なままじっと動きを止めた。ライネンはそのことを特に気にすることもなく続ける。


「おかしいと思ったのだ。我らのように思うところもなく、望むものもなくこのようなことに身を投じるなどと、正直薄気味悪く思ったぐらいだ。だが、おまえにもそのような欲があったのだな、神官長の意に沿うことで、何か自分に得することがあるのだな。ならば納得だ。それを知ってホッとした」


 ライネンの皮肉を含んだ言葉にもタンドラは反応をしない。


「まあいい。そのおかげで我らの望みは叶おうとしているのだからな。後は両陛下の亡骸(なきがら)を王宮に運び、ラキム、ジート両名を更迭(こうてつ)し、王弟殿下のどなたかに新たに玉座に就いてもらうだけのこと。我らがその御方の後押しをして差し上げることになる。ご苦労だったな」

「あのさあ、それだけど、残念ながら王様死んでないから」


 勝ち誇るライネンにベルが気の毒そうに言う。


「なんだと?」

「うん、だから王様ケガはしたけど死んでないって」

「何も知らぬのに何をわけの分からぬことを」

「あっ、おれの口癖」


 この状況下なのにトーヤとアランが思わずプッと吹き出し、そのことにライネンが苛立つ。


「何がおかしい!」

「いや、すみません。でも本当にそれ、うちの妹の口癖なんです。それからついでですが、その後に妹が言ったことも本当ですよ」


 アランが冷静に言ったことでライネンはすこし落ち着いて言葉を返してきた。


「このヌオリが見ているのだ、あの傷では助かるはずがないと。医師の手当てがあろうとも助かるまいとな」

「ってことは、あんたら確認したわけじゃねえんだろ?」


 トーヤがずばりと聞くと、またライネンは眉を逆立てて反論する。


「ではおまえたちは確認したとでも言うのか! おまえたちのような下賤の者が国王に近づけるわけもない!」

「いいえ、この者の言う通りです」

 

 セルマを膝の上に抱えたままキリエがライネンに告げた。


「両陛下は確かに一度はお命の危機にありましたが、今は落ち着かれて部屋の奥でお休みなっておられます。ですから面会はできぬと断ったはずです」

「それは……」

 

 確かにそうだった。ライネンはキリエの言葉を否定できない。


 バルコニーから集まっていた民たちを先導し、王宮へと誘導した後、ヌオリ、ライネン、タンドラの三人は隠し通路から神殿の中に入った。神殿前も王宮へと向かう民たちでいっぱいになるだろうとのタンドラの判断だ。そのため、神殿前の通路で民たちを止めていたトーヤたちは、三人が中に入ったことに気がつかなかったのだ。


 ヌオリは当然神官長室に二人の国王の遺体があると思って中に入ったのだが、いたのはキリエ一人だけだった。

 ヌオリはキリエに二人の国王の遺体を渡すように命令をしたが、キリエは二人は治療のために奥の部屋だと言って断り、押し問答が続いた結果、ヌオリが言うことをきかせようと剣を抜いて突きつけたのだ。


「今すぐ陛下と皇太子の遺体を渡せ。さもなくば侍女頭と言えど許さぬぞ」


 ヌオリはギラギラ光る抜身(ぬきみ)をキリエに突きつけたが、


「どうしてもというのなら、この皺首(しわくび)を落としてからになさいませ」


 と言って引かなかった。


 怒ったヌオリがその剣を、本当に斬るつもりであったのかどうかは分からないが、振り下ろした時、


「危ない!」


 セルマがキリエを(かば)うようにしたところ、その右肩から背中にかけてを斬られてしまった。


 セルマもフウも、それぞれの部屋で二人の国王の様子を見ていたのだが、外でキリエと誰かが争う声を聞きつけて部屋から出てきた。出たのはほぼ同じだったが、息子である現国王に付いていたセルマがいた部屋の方が手前で、キリエのすぐ左前であったことから、そのようなことになったらしい。


「重ねて申し上げますが、両陛下は奥の部屋で安静になさっておられます。まだ意識は戻られませんが、命はとりとめられました」


 キリエが抑揚のない声で告げると、ライネンとタンドラもそれを事実として受け止めざるを得ないという表情になった。


「ではあれか、ヌオリが見誤ったということか。致命傷を受けてはいなかったのに、そうだと思い込んだ、そういうことなのだな」


 ライネンがそばで倒れている幼馴染を軽蔑した視線で見下ろすが、


「いいえ、そうではありません」

 

 と、キリエが否定した。


「私が見たのと同じ状態をご覧になったのだとしたら、ヌオリ様がそう判断なさったのも無理はなかったと思います。それほどに重い傷を負っていらっしゃいました」

「ではなぜだ、それほどの傷でありながら、どうして……」


 と、そこまで言ってライネンはようやく、キリエが抱えているケガ人に起きていた不思議を思い出した。目の前で起きていた奇跡のような出来事を。


 ライネンはあらためて左斜め後ろから生成りのマントを着ている人物をじっと見つめた。


 フードを被っており後ろ側からなので顔は見えない。見たところ華奢(きゃしゃ)な人物なようにも思える。さっき「見せて」と言った声をなんとなく覚えているが、男の声だったようだとも思うがそれだけだ。


 今、目の前で奇跡を起こしているこの人物は、一体どこの誰なのだ。その答えはライネンの手の中にはなかった。

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