8 奔流の源流
トーヤが信頼する者たちが西で東で、そして海でも力を尽くしてくれている間も、前の宮にはどんどんと人が集まり続けていた。それほどの騒ぎになったのは、少し時間を戻した前の宮の広場での出来事が発端だ。
「国王陛下は無惨にも実の息子である皇太子に惨殺された!」
タンドラが声を張り上げる度に集まった民たちもわあっと声を上げた。
「己の望むもののためには実の親とて手にかける、それが皇太子の実の姿だ!」
またわあっと声が上がるが、その中身は割れている。
「嘘をつけ! 国王陛下がそのようなことをなさるはずがない!」
「そうだ、ご自分を磨き、民にも優しく、王と呼ぶにふさわしいお方だ!」
タンドラの言葉を信じられない現国王派がそう叫ぶと、対抗するように父である前国王派もまた叫ぶ。
「だが実際に陛下は息子に殺されたではないか!」
「そうだ、なんともおいたわしいことだ!」
両派が互いに互いをののしり合い、あちらこちらで小競り合いも始まった頃、頃合いもよしとばかりにタンドラがまた叫ぶ。
「国王陛下は我が息子の手によって命を奪われた! だが陛下はただただやられるようなお方ではない! 見事に自分の仇をご自分で討たれたのだ! ご自分に向かう刃を取り上げ、闇に落ちた我が子を誅した!」
この言葉に広場ではこれまでの何倍も大きな声が上がった。
「なんだって!」
思わずダルも声を上げ、シャンタル宮警護隊副隊長ボーナムと顔を見合わせる。
「本当でしょうか」
「分かりません、ですが真実かどうか調べなくてはなりません」
「神殿の方はどうなってるんでしょう」
「そちらも分かりません。隊長からはまだ何も連絡がありませんし」
警護隊隊長のルギは、マユリアと現国王との婚儀を守護する剣の役目で神殿に行ったままだ。
「本当に国王陛下、ええと、息子であられる現国王陛下が前国王陛下に討たれたんでしょうか。でも前国王陛下が元国王陛下に亡き者にされたともあの人言ってましたよね」
「ええ、さっぱり意味が分かりません。本当のところはどうなのか」
さっきバルコニーの男は「前国王が息子に殺された」と言ったはずだ。だが、今は「前国王は息子を誅した」つまり、殺したといっている。
前の宮に集まった者たちも混乱していた。
「どっちなんだ!」
「どっちがどうなった!」
「殺されたのはどちらなんだ!」
混乱するのも無理はない。これではどちらがどうなったのかがさっぱり分からないままだ。
「国王陛下は息子である皇太子に手にかけられた、これは間違いのない事実だ!」
混乱の声の上にタンドラの言葉が落ち、広場の者たちは聞き逃すまいと静かになった。
「確かに国王陛下は息子に殺された、だがその時にご自分も、そのような息子の父であることを恥じ、自ら恥ずべき息子の命を取り上げられたのだ!」
また声が渦巻いた。
「つまり、殺されそうになった前国王陛下が現国王陛下を殺したってことでしょうか?」
「ええ、聞く限りはそのようです」
「相討ちになったってことですか」
「そうとも取れます」
さすがに答えるボーナムの顔も青い。
もしもバルコニーの男の言うことが本当だとしたら、婚儀というのは一体どうなっている? なぜ神殿には何の動きもないのだろう。
「とにかく中に様子を見に行かないと」
「無理です」
ダルが急いで動こうとするとボーナムが言った。
「婚儀が終わって連絡が来るまでは、誰も中に入れてはならないとのお達しです」
「それは宮からですか?」
「ええ、キリエ様直々に衛士に伝えに来られました」
「そうですか」
ならば今は、普通の方法でシャンタル宮にも神殿にも入れまい。どうしたものか。
「だけど、なんとかして行くしかありません」
「ええ」
ボーナムが少し考えるようにしてからこう言った。
「衛士が知る抜け道を通りましょう。この場を部下たちだけに任せるのは申し訳ないが、そちらの方が急ぎます」
ボーナムの提案にダルも黙って頷いた時、またタンドラの声が響いた。
「聞け、無辜の民たちよ!」
ざわめく民たちがまた頭上に注目する。
「子が親を手にかけ、親がその不忠の子を罰する。なぜこのように恐ろしい出来事が起きねばならなかったのか!」
そうだ、誰もがそれを知りたいのだ。誰も言葉を発さずにタンドラの次の言葉を待つ。
「皇太子はみなが思うようにまことに誠実な人物であったはずだ。それが、我が欲のために実の親を玉座から引きずり下ろし、自らがその座についた。これがなぜだか分かるか!」
誰も答えずバルコニーの上の演者に注目をするのみ。
「それは誑かされたからだ! 皇太子を利用し、自らがその力を握らんと画策した者たちがいる!」
静まり返っていた広場からうねるように非難のうめきが湧き上がる。
「一体誰なんだそいつは!」
「そいつのせいで両陛下はそんなことに!」
前国王派も元国王派も共に真実の敵がいることを知った。
「その真実をこの方は命が尽きんとする陛下から遺言としてお聞きになった!」
タンドラの言葉に押されるように、ヌオリが一歩前に踏み出し、そして叫ぶ。
「真に憎むべき相手、此度の悲劇の真の立役者の名を私は陛下より直々にお聞きした!」
それは一体誰なのか。誰もが息を飲んで今度はヌオリに注目をする。




