7 海の守り
アロは迎えに来た漁師にそのことを告げるかどうかを迷った。
カースではまだ知られていないということは、月虹隊隊長であるダルがそのことを告げなかったということだろう。まだ知らなかったのか、それともあえて告げなかったのかの判断がつかない。もしも知らないだけならば伝えてもよかったのだろうが、万が一理由があって知らせなかったのなら、月虹隊の邪魔になる可能性がある。
考えて、もしも急いで知らせる必要ができたら、その時には街の西にいる者に鳥を飛ばしてカースに知らせてもらうことにしよう。そう決めてあえて黙っていることにした。
アロは鈴を鳴らして家人を呼び、屋敷の警護に雇っている者の半数を街の警備に回すようにと命じた。
リルの実家であるオーサ商会の本家は広い。さすがにシャンタル宮とまではいかないが、そのへんの貴族の屋敷よりも立派な豪邸である。シャンタリオは穏やかで平和な国で、事件も少なく悪人もあまりいないとは言うものの、それでもやはり犯罪は起こる。そのために大商人などは私兵とまではいかないが、腕の立つ警護の者を抱えていた。
これはアロだけではなく、多少なりとも財産を抱える家ではどこでもやっていることではあるが、名ばかりの貴族の家などはそのような余裕がなく、良いカモとばかり盗賊に入られるようなこともあったりする。仮にも貴族と名乗るだけの家の歴史もあれば財産らしき物もあるにはあるが、それを守るための力までは持ってはいない、そのような貴族の家は盗賊たちの格好の餌食なのだ。
そしてそんな貴族の一人、トイボアの妻の兄がこの屋敷に滞在していたが、アロが今の状態を伝えると、急いで自分の屋敷に引き上げてしまった。妹夫婦のことは気になるが、人が少なくなった屋敷の方がさらに気になるらしい。
まさかトイボア一家が海を超えて逃亡を計画しているとは想像もしておらず、妹の話からほぼトイボアとの復縁間近と判断してのこと。これでもう誰もトイボア一家の後を追う者はいなくなった。
ディレンもダルも、そしてリルも、アロにはトイボア一家の出奔のことは伝えていない。オーサ商会から出たトイボア一家は自分たちの意思で姿を消したのだ。外に行くことを認めたのは家族である妻の兄、オーサ商会には何の責任もないことだ。
アロや商人たちが動き始めた頃、港に着けていた船が騒ぎに巻き込まれるのはごめんだとばかり、次々に沖に出始めた。祭り気分で街に出ていた船員たちが、両国王派の衝突や、どちらのかは分からないがどうやら国王が亡くなったらしいとの噂を聞いて、急いで船に戻ってきて船長に告げたのだ。
長きに渡ってどこの国とも戦になったことないシャンタリオのことだ、まさかそんなことがあるとはどの船の船長もすぐには信じなかった。だが、どの船にも次々に船員が走り戻り、街の様子もどうやらおかしい。本格的に出港はせずとも、少し沖に出て様子を見ることにして港を離れていく。
内戦が起こると多くの避難民が助けを求めて国外に逃げる船に押し寄せる。これまでも色々な国を行き来していた者たちにはその状態が簡単に想像できるため、国からあふれる人を寄せ付けないために沖に出たのだ。
シャンタリオを出たら「東の大海」を超えてアルディナ方面に戻る船が大多数だが、突然の出港で直接アルディナの神域までの旅を続けるだけの準備を終えていない船もある。どの船も交代が終わるまではカトッティに停泊する予定をしていた。もしもこのまま出港することになったなら、一度反対方向の東に向かい、そちら方面の第三国で準備を整え直す必要があるだろう。国の中が混乱してしまったら、「聖なる山」を超えた西の港で十分な準備ができるかどうかも分からない。どうするべきか判断できるまで、様子を見るしかない。
その中でただ一隻、港に着けたままの船があった。アルロス号だ。船長のディレンは船員からの報告を聞き、他の船が出て行く中でも待機の指示を出した。
「船長、他の船は全部沖に出てますよ、うちも出た方がいいんじゃないすか」
「そうですよ、内戦なんてことになったら巻き込まれますよ」
船員たちの言葉にも、ディレンは頑として首を縦に振らない。
「おまえら、この国をどこだと思ってる。慈悲の女神シャンタルが守ってくれてる国だぞ」
そう言い切って港にかけた渡り板を甲板に上げることも許さない。
「船長はシャンタル宮にも招待されて、この国びいきなのは分かりますよ。でも中が混乱したらそんなもんなんも関係なくなるんすよ!」
「船に逃げようとしたもんが押しかけて、船が沈んだらどうすんです!」
船員たちの言葉もきつくなるが、ディレンは今度はこう言う。
「もしも騒ぎが大きくなって俺の言ってたことが間違ってるってなったらな、おまえら、俺を海ん中に放り込んで出港しろ。俺は俺の命をかけたって構わねえ、そんなことにはならん」
体の小さなディレンのその迫力に、力自慢の船員たちも思わず押される。
「お、俺は船長を信じる! もしもそんなことんなったら、俺も船長と一緒に海に放り込んでくれ!」
ハリオもそう主張し、船員たちは顔を見合わせながらも様子を見ることを不承不承ながら受け入れた。




