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 6 カースとオーサ商会の守り

 アーリンの話を聞いたサディは少し首を(ひね)って考えていたが、


「そういうことなら村のやつらにすぐ話をつける。おいダナン」


 ちょうどもう一度家に入ってきたダナンに声をかけ、事情を説明した。


「若いもんの取りまとめはおまえに任せる。俺はちょっと街の世話役のところへ行ってくる。坊主はマルトんところへ行って話してくれ。あいつは月虹隊副隊長だ、どうするか考えて動いてくれるだろう。それからな、アロさんところには船で行った方が早かろう。ダナン、一人船を出してリルの様子伝えて、そんでアロさんと奥さんを村に連れてきてもらってくれ」

「分かった」


 話が終わるとすぐにダナンは外へ飛び出していった。


「そんじゃこっちも動くか。坊主もな、行くなら少し遠回りだが海の方から行きな。今の話だともしかしたらでかい道は人でいっぱいになってるかも知れんからな。あ、海の方ってもでかい街道じゃねえぞ、このすぐ近くにある細い裏道だ。あそこ通るとマルトんところまですぐだから」

「分かりました」

「アロさんちの方はうちのもんに任せとけ、海の方が早い」

「はい」


 アーリンはサディの采配(さいはい)に、さすがダルの父親だと感心しながらマルトの元へと走り、カースの漁師たちもダナンに連れられて憲兵や月虹兵の手伝いに動く。サディもリュセルスの顔役のところへと急ぎ走った。


 おかげでリュセルスの西側、カースに近い場所の騒ぎはあまり大きくならなかったと言えるだろう。何しろカースの漁師のいかつい面々が、憲兵や月虹兵と一緒になって街角に立って(にら)みを利かせたのだ、浮足立っていた者たちも、ダナンたちの「本当かどうか分からない話に振り回されるな」との静止で落ち着き、上から正式な発表があるまで待つという心持ちになったようだ。


 これにはこの八年、ダルたち月虹隊が日々リュセルスの民たちのために活動してきた功績が大きいと言える。

 最初のうちはなんだか分からないがマユリアのお声がけでできた兵らしいと、興味本位に見られていた。もしくはそこに入ればマユリアに直々にお声をいただけるかも知れないとの下心を持つ者がいたりもしたが、宮と民とを結ぶための兵団、憲兵よりも民に近い存在と今は認知されている。今回も月虹隊隊長であるダルからの指示と聞き、それならば宮からの命と同然と受け止めた民たちも多かった。


 一方、ダナンに頼まれてアロのところに船を出したカースの漁師の一人は、リュセルスの中央辺りのはしけに小船をつけ、そこから北にあるオーサ商会の本家へと急いだ。リルのおかげでアロ一家がカースに出入りするようになり、カースの漁師たちとも懇意になった。アロ宅にも所用で出入りするようになって、互いによく知っている。


 その頃にはすでに街の中では小競り合いが広がっていて、現国王派と前国王派が互いに相手を罵り、憲兵や月虹兵たちがあちらこちらで騒ぎを収めるために走り回っていた。


 カースの漁師からリルの出産が近い、しかも難産だ、来てほしいと言っていると聞いてアロの顔色が変わった。だが、


「申し訳ないが、妻だけ連れて行ってはくれまいか」


 硬い表情でアロが迎えに来た男に告げた。


「あなたもこちらに来る時に見たでしょう。この王都は今、かつてない危機に(ひん)している。少なくとも、このアロがこの街の商人として皆様のお世話になってからは初めてのこと。この場を捨てて、娘の出産に立ち会いに行くなどということはできません」


 口ではきっぱりとそう言うが、顔が見るからに真っ青だ。どれだけ無理をしているか見ているだけで分かる。


「それにお産は女性の領域です。どうか妻を娘の元によろしくお願いいたします」


 アロはそう言って深く深く頭を下げて妻だけを送り出し、街に残った。


 アロだけではない。この街の大商人たちは、誰もが街のために日々心を砕き、街の平穏のために働いている。それが商人としての心意気だ。


 商人たちは情報通でもある。今回のことも逸早(いちはや)く耳にしていた、どうやら貴族の子息たちの間に不穏な動きがあると。


 ただ、何か動きがあるとしても交代が終わり、現国王が戴冠式などを執り行う時であろうと推測していた。商人仲間とその日に向けて警戒し、それなりの準備はしていたものの、まさか、マユリアと国王の婚儀という日に街の者を扇動し、こともあろうにシャンタル宮に集めるとは思いもしなかった。シャンタル宮はこの国の民にとって、いや、シャンタルの神域にとっては一番尊ばなければならない存在だというのに。


 商人にとって情報はとても重要だ。だから何かあると鳥を飛ばして情報を伝え合う。バンハ侯爵家のヌオリとセウラー伯爵家のライネン、それから素性の分からないもう一名が「前国王が亡くなった」と前の宮の広場に集まっていた者たちに告げたことも、すでにアロの元に届いていた。どうしたものかと考えていたところにカースからの迎えが来たのだ。


 カースから来てくれた漁師はそのことに一切触れなかった。ダルがアーリンに伝言を届けさせたということ、それからリルが出産が近いので来てくれと言っていたとだけだった。ということは、おそらくまだカースにまでその話は届いていないのだろうとアロは考えていた。

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