31 綺麗事
「それがいいかも知れませんね。その線で進めればあまり問題はないように思います」
ヌオリたちライネンの仲間が沈黙でいると、タンドラがそう言った。
「当初の予定通り、ヌオリ様が前の宮の広場に集まっている民たちに、そのことを宣言していただきましょう」
「なんだと!」
思わぬ言葉にヌオリが血相を変える。
「そういう話になっていたではありませんか。覚えていらっしゃいますよね」
確かにそうだった。息子である現国王を拘束したら、前国王が集めた民の前で王位への復権を宣言し、ヌオリたちと共に王宮に凱旋する。
「だ、だが陛下がいらっしゃらないのだぞ、どう言えと」
「そのぐらい考えていただきたいものですが」
タンドラがふうっと一つため息をついた。
「ですが今はそのようなことを言ってる場合ではありません、とにかく急ぐので。そうですね、命を狙われた陛下が皇太子を返り討ちにしたものの、自分も命に関わるケガを負った。そこに忠臣であるヌオリ様が現れ、この先のことは頼むと言い残された。このようなことでいいのではないですか」
タンドラはまるで何かの催しの時の寸劇の演出ででもあるかのように、そういう提案をしてきた。
「ヌオリ、やれるな」
ライネンが声をかけるが、ヌオリは真っ青な顔で返事をできずにいる。
「問題はないでしょう。陛下がおられないだけで筋書きは同じです。親不孝者の皇太子を廃し、ラキム伯爵やジート伯爵のような国威に関わる逆臣を罰する。目的は同じです。大丈夫です、すぐにバルコニーに行きましょう」
タンドラもそう声をかけるがヌオリはさらに身を縮めるばかりだ。
「急ぐんだ。君の叫び声でもうみんな集まっているだろうし、手遅れにならないうちに手を打たないと」
「む、無理だ」
ヌオリはすっかり怖気づいてしまっているが無理もない。意気揚々と前国王を迎えに行ったらあのような場面に遭遇してしまい、おまけにライネンたちには話してはいないが、シャンタルに対する無礼を働いたとして捕縛されていたのだ。こうして助け出された今となっては、少しでも早くここから逃げ出してしまいたいというのが本音だろう。
「私には無理だ」
消え入るような声で言うヌオリにライネンは一瞬軽蔑の視線を向けたが、すぐに引っ込めて優しげな口調でヌオリに言い聞かせるように、
「分かった、私が付いていく。君はいてくれるだけでいい、それならできるだろう?」
と言った。
「え!」
「代われるものなら代わってやりたいが、君以外にその役目ができる者はいない、実際に見た者はおらぬのだ。だからいてくれるだけでいい、後は私がやろう」
王宮の門の前でタンドラがライネンに対してやったこと、それを今度はライネンがやろうというのだ。
「君は黙って立っているだけでいい。それだけで英雄になれるんだぞ、いいだろう?」
「英雄……」
「そうだ、名君に遺志を託された忠臣であり、これからのシャンタリオを立て直すための英雄だ。君にはその役目がある」
この単語は実によく効いた。そもそもヌオリは自尊心と虚栄心の強い人間だ。ライネンは長い付き合いでよく知っている。ヌオリを動かすにはそこをくすぐればいい。
「どうだ、いけるか?」
「……分かった」
やっとヌオリはゆっくりと立ち上がった。
「分かっております」
タンドラも横から助け舟を出す。
「ヌオリ様は大変凄惨な場面に立ち合われた。それだけの衝撃を受けて普通でおられる人間があるでしょうか。今、こうしてここにいらっしゃるだけでも大変なお力を必要とされる、よく分かっておるのです」
タンドラはヌオリをなだめながらちらりとライネンに視線を向ける。ライネンも分かっているというように、軽く目をつぶってから開けてみせた。
「ライネン様と、そして私もお助けいたします。行きましょう、この国のこれからのために」
タンドラはさらにそう言ってヌオリを促す。
ついさっき、うろたえ、この場から逃げ出そうとしていた高家の子弟たちにその本音、自分たちさえよければそれでいいだろうと言い放ったその口で、タンドラは綺麗事を語る。
「みなさまはこの国のこれからのために今ここにいらっしゃる。そのお手伝いをできるとは、なんと誉れなことでしょう。さあ、ヌオリ様参りましょう、あなたはこの国の危機を救う救国の英雄となられるのです」
その言葉に後押しされて、やっとヌオリは立ち上がった。
話はまとまった。ライネンとタンドラに付き添われたヌオリが前の宮のバルコニーに立ち、広場に集まっている民たちにこう訴える。前国王が皇太子に命を狙われたが返り討ちにしたものの、自分も命を落とした。どうして皇太子がそのようなことを企んだか、それはラキム伯爵家やジート伯爵家のような取り巻きがそのようにけしかけたからだ。悪臣のために皇太子は道を誤った。だからそれらの悪臣には相応の罰を与え、正しい後継者に玉座に就いていただき、道を正さなければならない。
「正しい後継者とは誰なのだ」
「皇太子の王子か?」
「まさか。皇太子の血を引く王子が王座を継ぐなどありえない」
自分たちの意に沿う者を王座に就け、後見として中枢を握ろうという目論見だ。




