28 ヌオリ救出
幸運というものは突然転がり込んでくるものらしい。もっとも、それが本当に幸運であるかどうかは結果を見ないと分からないこともあるものだが。
ライネンたちがヌオリ救出に頭を悩ませていた時、信じられないことが起こった。
「お、おい、あの傭兵、部屋から出ていったぞ」
「なんだと」
ライネンたちの仲間の一人が扉の隙間からヌオリが連れて行かれた方向を見張っていたら、部屋から薄い色の髪の男が一人で飛び出し、あっという間に神殿方向に消えていった。
「つまり、今、あの部屋にはヌオリと衛士が一人だけということだ」
「まだ衛士が残っているのか」
「衛士一人ぐらいどうってことはないだろう」
難敵だと思っていたアランが姿を消したことで、仲間たちは一気にヌオリ救出に意欲を見せ始めた。元々八人がかりで現国王を捕まえようと考えていたのだ、その人数でいけば衛士一人など、国で一位二位を争う剣の腕と言われる現国王に比べれば、赤子の手をひねるほど簡単なことに思える。
「では八名の方は衛士を取り押さえてください。くれぐれも声を出されないように、まず口をふさぐことを忘れませんように」
「分かった」
「私とライネン様はヌオリ様をここにお連れいたします」
ゼト一人からヌオリを取り戻すだけのことに、なんとも大げさと思える準備だが、万が一にも取り逃がしては大変なことになる。何事も万全を期すにこしたことはない、これからなそうとしていることは、王座の奪取なのだ。
「獅子はねずみ一匹を捕まえるのにも全力を尽くすと言う、我々もその心持ちで行くぞ」
「ああ、そうだとも」
なんとも勇ましく声をかけ合い、八名がまず部屋から出て、数室東にある部屋に近づいた。周囲を見渡しても誰も出て来ない。
ヌオリたちは知らないが、実はこの周囲にはヌオリたち以外の客は入れていない。この区画には元々トーヤの部屋とダルの部屋がある。その隣に「エリス様」ご一行の部屋を配置したのは、もちろんキリエの配慮だ。元々シャンタル宮には普段からそんなに客を受け入れてはいないが、一行の正体を知り、動きが取りやすいようにそこを選んだ。
前回、ヌオリがどうしてもシャンタル宮に滞在したいと言ってきた時、あえてその近くに部屋を選んだのは、高貴な方を宿泊させるのにちょうどよかっただけではなく、ご一行が出入りすることであまり妙なことはするまいと考えたからだ。
常ならば貴族、しかもバンハ家のような高位貴族は客殿に滞在することが多いが、時期が時期だけに人手が足りぬとの事情と、後に王宮からもできるだけ離してほしいとの要望があった。何しろ一日何回も前国王に面会させろと訴えに来るのだ、目と鼻の先とも言える客殿になどいられてはたまらない、そう思っての王宮からの訴えもあり、あの部屋に滞在することとなった。
この一画を超えるとその先は、主に遠くから謁見に来た庶民などが宿泊する格が落ちる部屋が並ぶ。ミーヤとセルマが懲罰房代わりに入れられていたのがその部屋になる。通常ならばそのような部屋に高位の方を宿泊させるなどないことなのだが、今回は滞在を求める人数が多く、本当はここにも入ってもらいたいもののそういうわけにはいかず、なんとか算段をつけてこの一帯を無人にしておいたのだ。
周囲が無人であったこともライネンたちには幸いした。隠し通路とはい、えさすがにそれだけの多人数がそこから出てきたら、気配を感じて何事かと外を覗いた者が出てきた可能性もある。無人の部屋が続いていたからこそ、無事に部屋に入れた上に、ヌオリがいる部屋に近づくこともできた。
扉を開けて八人が一斉に中に飛び込むと、ゼトとヌオリがこちらを見て、まだ一言も言葉を発せないうちにゼトの手足を押さえ、口もふさいだ。
八年前にトーヤがゼトにやったように、一瞬で意識を奪うようなことができなかったもので、二人が急いで口に固く巻いた布を噛ませて頭の後ろで縛り、二人が右手、二人が左手、二人が両足に取り付いてやはり用意してあったロープで縛り上げた。何度か訓練をしていたため思った以上に手際よく、あっという間にゼトを縛り上げることができたのは、もちろん現国王に対して行うために準備してあったからだ。
「助けに参りました、さあ」
ヌオリの方は何がなんだか分かってはいなかったものの、タンドラのその言葉を聞いてホッとしたように立ち上がり、言われるままに黙ってライネンの後に続いて部屋から出て、すぐ近くにあった滞在していた部屋へと入った。
もちろんその後からゼトも荷物のように抱えられて同じ部屋へと運ばれたが、今もまだ何が起こったのか理解できずにいる。
アランが出ていってしまい、ゼトはヌオリと二人で取り残されて困っていた。何しろ相手は高貴なお方、しかも前国王の側近として権力を誇っていたバンハ家の長子だ。国王の件でもっと話を聞きたいとは思うのだが、相手が相手だけにどう話をしていいものかと考えていたところ、突然、やはり高貴な家系の見知った方が飛び込んできて、何事かと思う間もなくこの有り様だ。口をふさがれなくとも言葉を発することすらできずにいたかも知れない。




