25 王宮の門閉門
ダルは東の本部を出ると、馬に乗ってきたアーリンと二人、一番人が集まっていると聞いた王宮の門に走った。他の隊員と隊員見習いには、中央より東の憲兵と協力するように指示し、距離のある場所に馬で行けるアーリンと二人で急ぐことにしたのだ。
だが、ダルたちが駆けつけた時には、王宮の門は開け放たれて群衆は王宮の中にまで入り込み、すでに外門の外にはほとんどの人間がいなくなっていた。
「どうなってるんです、これは」
ダルが馬から降りて外門そばに立っている王宮衛士に理由を尋ねると、「さる貴族の子弟」に先導されて王宮の中に入ったと説明する。
「なんでそれで門を開けたんだ! なんで通した!」
珍しくダルがかなり厳しく王宮衛士を叱責し、普段の穏やかなダルしか知らないアーリンがかなり驚いていたが、確かにこれはそれほどの理由がある行動だ。
「それで君たちはここで何をしてるの?」
「いえ、あの、とにかくここで見張っているようにと指示されて」
「上役からの指示なのか、だったら仕方ないね。今、その上役が誰かとか聞いてる時間がないからもう行くけど、この門はもう閉めておいた方がいい。まだこの後も誰が来るか分からないからね」
「いや、あの、でも、開けておけとの指示が」
「だからそれは誰から!」
もう一度ダルが叱りつけると、二人のまだ若い王宮衛士はびくりと身を縮ませるが、その表情にはなんとも複雑な色が混ざっている。
月虹隊はマユリアの肝いりで作られた隊とはいえ、元々が主にリュセルスの民たちで作られたいわば民兵のような存在だ。しかもその入隊条件が定職を持っていること、つまり兼業の兵ということで、専門兵の王宮衛士から見るとふざけているとしか思えない存在だった。
だからたとえ隊長であっても、ダルのことも「しょせんは漁師の小倅」と下に見る向きがある。それはこの王宮衛士たちも同じで、どうしてそんな者にそんな風に言われなければいけないのだとの気持ちを隠しきれずにいるようだ。
王宮衛士の大部分は貴族階級だ。それだけに王宮衛士は特別だという意識も強い。シャンタル宮に属する衛士にももちろん貴族はいるが、やはり割合として多いのは王宮衛士になる。特に内門から中の隊の責任者はそれこそ大部分が高位貴族の子弟がほとんど、はっきり言うとお飾り、名ばかりの上官としてその地位に就き、経験の豊富な副官の補佐を受けてその隊をまとめている形が多い。
故にそんな責任者に責任を求めてもどうにもならない。何か問題があった時には、副官以下が直接的に責任を取らされ、問題はうやむやにされて終わりだ。ダルも自分がどう思われているかをよく知っているし、王宮衛士たちの事情も今ではよく理解している。
「誰からの指示かは分からないけど、とにかく門を閉めておくことだ。これ以上の問題になった時、君たちには責任を取ることができないよね」
責任と言われて二人の王宮衛士の顔色がみるみる変わった。
「すぐに門を閉めて。そして誰かにどうして閉めたのかと聞かれたら、月虹隊のダルに言われたと言っていい。何かあったら責任は全部俺が取るから、それで納得してもらえるかな」
そこまで言われて二人の若い王宮衛士は、ようやくしぶしぶのように門を閉めた。
「ありがとう、じゃあ後の警備はよろしく」
ダルがそう言っても二人は黙ったまま、気にいらなさそうにダルと、ついでのように自分たちよりも若いアーリンに非難するような目を向けたが、ダルは、
「じゃあ行くよ、アーリン」
と、事も無げに言って馬を進ませたので、アーリンも煮えくり返るような腹を収めてその後ろに付いて行った。
「何か言いたそうだね」
「当然ですよ」
アーリンの言葉を聞くため、ダルは少しアルの歩みを緩めた。ダルが話を聞いてくれるようだと分かり、アーリンも愛馬ジェンズの足を少し緩ませながら不満をダルに直接ぶつける。
「なんであんな風に言われてるのにお礼なんか言うんです!」
「なんでって、こっちの頼みを聞いてくれたらお礼を言うのは当たり前じゃないかな」
「頼みって、隊長人が良すぎます! あれはあいつらの仕事じゃないですか、職務怠慢でもっと厳しく言われてもしょうがないのに、お礼まで!」
アーリンはそこまで言った後一度言葉を切ってから、一瞬どうしようかと迷った後で残った気持ちも伝えることに決めた。
「それにあいつら、絶対隊長のこと、いや、月虹隊のこと馬鹿にしてますよ! 見たでしょあの目! ろくな仕事もできないくせに、貴族だってだけでなんだよあれ!」
「うーん、だって俺が漁師なのは本当のことだし」
「だって隊長ですよ! マユリアの勅命で月虹兵になった最初の人で、その月虹隊の隊長ですよ! ただの漁師じゃないんです!」
ダルはアーリンの言葉を聞き、八年前にアーリンの親戚であるリルとそんな話をしたことを思い出していた。
「確かに俺は最初の月虹兵で、今ではどうしてか月虹隊の隊長なんてのをやってる。だけどやっぱり漁師なんだよ。それは一生変わらない。何しろ俺の体には血じゃなくて海の水が流れてるから」
最後には求婚した日にアミに言われた言葉を思い出し、ダルはもう一度漁師である自分に胸を張った。




