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23 絹の小袋

 ライネンとタンドラは神殿から逃げ出してきた八名から話を聞こうと、人の流れから抜け出して目立ちにくいところに移動した。ちょうど建物の影と立木の影になる場所があった。そこで話を聞いたものの、さっぱり分けがわからない。


「つまり、ヌオリがなにか叫んで神殿から逃げ出したということなんだな」

「おそらく」

「おそらくって、逃げるところを見たのではないのか」

「いや、そこは見ていない。叫び声を聞いただけだ」

「では神官長室にいる可能性があるのではないのか」

「あるかも知れない」

「どうしてそれを確認しなかったんだ」

「警護隊隊長と侍女頭が入っていったんだぞ、そんなところに行けるわけがないだろう」

「そうだ、おまえもあの場にいたら同じことをしていたと思うぞ」


 何しろ何を聞いても八名が八名ともこんな感じなのだ。全く真剣味に欠けるし、こんなことで本気で権力の奪取(だっしゅ)を考えていたのだろうかと、ライネンは頭が痛くなっていた。


 とにかく今分かっているのは、作戦が成功していないということだ。まだ何がどうなっているのか分からないので失敗したとは言いたくない。だが、ヌオリの行方も前国王と現国王の今の状況も何も分からないのが事実だ。


「何か聞いていないのか」

「いえ、何も」


 ライネンはタンドラに確認するが、タンドラも本当に何も知らないらしく青い顔をしている。タンドラはライネンたちに力を貸す「協力者」の関係者だ。ここまで、その謎の人物の指示通りに「仲間たち」を誘導してきている。


 そのタンドラですら知り得ないことが神殿の中で起きている。


「一体どうなっているのか」


 ライネンの言葉にまたタンドラが黙って首を横に振った。


 その「協力者」である神官長は今、正殿の中にいた。正殿に誰もいないことから一度は準備室に戻ってマユリアに報告をしたものの、そのまま続けよとの指示に従い、もう一度戻って来たのだ。


 神官長は正殿内にある様々な儀式道具をしまってある部屋に入ると、一基の見事なランプを持ってきた。これはシャンタル宮の歴代シャンタルへの献上品の中から神殿にと譲り受けたランプ、あの焼いて青に変化する香炉のように、正式に手続きを取って神殿の備品となった物だ。


 元は当代マユリアへの献上品。やはりアルディナ渡りの硬質なガラス製だ。


「やはりアルディナの品は見事だ。悔しいが、我が国ではガラスでこれほどの品を作る技術はない」


 神官長は惚れ惚れとランプを見つめると、(うやうや)しく祭壇の上に設置した。


 現国王にはランプを使わず、その場所に署名をした婚姻誓約書をマユリアに捧げる形にすると説明していたが、本来の婚儀ではこの形になる。結婚する二人が誓いの言葉を述べ、婚姻誓約書に署名をしたら、婚儀を執り行う司祭が二人が夫婦になることを認め、婚姻のランプに火を入れて渡すのだ。


「偽りの婚姻相手に火を(とも)すなど、考えるだけでも我が(あるじ)への不敬というもの」


 神官長はあらためてランプを見つめ、一つ感嘆するように息を吐く。


「さて、まずはこちらの処遇から。もう用はないと言えど、ゆめゆめ軽んじてはならならぬ大切なもの」


 神官長は懐からきれいな絹の袋に入った何かを取り出してそうつぶやくと、もう一度懐にしまった。あの小部屋にしまわれていた、歴代の神官長にしか触れられぬある大切なものだ。神官長はそれをもう用がないものと言いつつも、決しておろそかには扱いはしなかった。本来なら、それほどに大切にしなければならないものなのだ。

 

「さすがに気が引けるが、これは決して人目に触れてはならない。早いうちに燃やしてしまう方がいいだろう」


 神官長は婚姻のランプを準備するためと、この絹の小袋を処分するために正殿に戻ったのだ。


「あの時は驚いたが、今となってはちょうどいい。そのために今があるのかも知れないな」


 神官長は御祭神を支えていた石の台に近づくと、透き通る石が消えたその場所に絹の袋を置いた。


 いつもの儀式の始まりのように、燭台に立てた(こう)を練り込んだろうそくに火打ち石で火をつける。慣れた作業だ、もう何十年も毎日のように繰り返している。あっという間にろうそくに明るい火が灯った。

 その火をより糸をろうで固めて細い棒状にしたものの先に移すと、御祭神の台の上に置いた絹の小袋に近づける。聖なる儀式を執り行う時のように。


 元々燃やすための袋ではない。金糸銀糸を織り込んだ小さいが重厚な袋は、燃やされるのを嫌うようになかなか火がつかなかったが、やがて一箇所に火がつくとあっという間に全体を火に包まれ、やがて中に入っていたあるもの共々きれいに燃えてしまった。


「これでいい、これも大切なことです」


 神官長は口ではそう言いながらも、その行為にかなり胸を痛めているのが分かる表情を浮かべていた。


 神官長はしばらく燃え尽きた絹の袋とその中身をじっと見つめていたが、やがて胸の前で両手を組むと、敬意を表するように頭を下げて、口の中で祈りの言葉をつぶやいた。その姿勢のまま少しの間目を閉じたままでいたが、やがて目を開けると晴れやかな顔で正殿を出ていった。


 後には御祭神の台の上に何かが燃えた跡と、何かが燃えたにおい、うっすらと煙だけが残っていた。

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