22 潜んでいた者たち
前の宮の広場から人の数が減ってきた頃、神殿内の来客室から数名の人間が神殿の外へと逃げ出してきた。ヌオリと別れて来客室に潜んでいた八名の貴族の若者たちだ。
八人はヌオリが自分一人だけで前国王を救助に行った後、その間に息子である現国王を捕まえるためにまず神官長室と反対側にある来客室へとやってきた。
段取りよく動くつもりならば、例えば二名ずつ四組に分かれて捜索するなどすればいいのだろうが、この若者たちは現国王の武術の腕を知っているだけに、その方法は選ばなかった。少人数では勝つ自信がなかったからだ。
何しろ現国王は皇太子時代からあらゆる武術の腕を磨き、修行をしてきている。今では国内で二番目の剣の達人と言われるほどになった。一番の遣い手と言われているのはルギだが、最近ではルギ以外の誰と剣を交わしても負けるということがない。
もちろん、中には皇太子に対して手加減をした者もあったのだが、それでもあからさまに手を抜くなどという必要がないほどの腕前は誰もが認めるところだ。
マユリアとの婚儀のために現国王が剣を持っていないことは確認済みだ。婚儀の場で剣を持つことができるのは、守護の剣となったルギだけだと聞いている。
それに婚儀のための正装はかなり重い。今回の正装は王冠を着けていないだけで、ほぼ戴冠式と同じ最上位の着付けをしているとも聞いた。国王だけが身につけられる、貂の毛皮のついた裾を引くマントもあったのを、遠くからではあるがこっそりと見ている。あれは見間違えようがない。
それだけの衣装を身に着けているとすると、かなり動きが鈍るだろう。ならば八人がかりでいけばなんとかなるのではないかと、そういう甘い見通しだけで行動している。だから分かれて探すなど、思ってもみなかった。
恐る恐る来客室に向かった八人は、中に誰もいないのを確認して次の部屋へ向かおうとした。その時だ、ヌオリの叫び声が聞こえたのは。
前国王を救い出すのは隠密行動、つまり静かに動かねばならないのに、ヌオリが神殿中に響き渡る声で叫んだ。思わず八人は部屋の中で息を殺して動けなくなっていた。誰もヌオリを助けに行こうなどと思う者はいない。だが何があったのかは気にかかる、そこで来客室の扉の影からそっと外の様子を伺うことにした。
八人のうちの一人がかろうじて外を見ていたところ、すでにヌオリの姿は見えなくなっていたが、そこに前に見たことがある薄い色の髪をした男が駆けてきて、神殿の外へと走っていった。そしてその次には警護隊隊長が正装を翻して走ってくると、自分たちが潜む来客室の反対側にある神官長室へと向かったように見えた。
神官長室の扉は開いているようだが中の様子はよく見えない。どうしたものかと互いに顔を見合わせていると、今度は侍女頭が急ぎ足でやってきて、また神官長室へと向かったように見える。
「これは、一体どういうことだ」
「さっきの男、もしかしてヌオリを追って行ったのではないか」
「ああ、そうとしか思えん」
もう現国王を探すだの捕まえるだの言っている場合ではない。おそらく、思ってもみないようなことが起きている。その現実にすっかり怖気づき、相談することもなく逃げ出すことに決定した。
「だけど、逃げたとしてどこへ行けばいいんだ」
この先の予定は助け出した前国王を前の宮のバルコニーにお連れして、そこで華々しく前国王の復権を民に知らしめるはずだった。そして自分たちも救世の英雄として胸を張って王宮に凱旋する。それ以外の予定は何も立てていない。失敗した時にどうするかも。
もしかしたら神官長室へ行けば何か分かるかも知れないが、ヌオリが逃げ出すような事態なのだ、下手をすると自分たちが何かの責任を問われるよなことになるかも知れない。そんなとんでもないことはごめんだ。
「とにかくここを抜け出してライネンのところへ行くしかない」
「そうだな、そちらなら何か情報が入っているかも知れない」
そう決めると神官長室にいる者たちに見つからぬよう、急いで神殿から逃げ出した。少なくともそちらにはライネン他何名もの「仲間たち」がいる。それにいざとなれば集まっている民たちに紛れて逃げてしまえばいい。
八名は神殿から外へ出る階段をそっと、だが急いで下へ降りると王宮側へ続く道に出た。思った通り、王宮の方向からたくさんの人間が前の宮を目指して進んでくる。あの中に入り込めばいい。そうすれば神殿の中にいたことはばれることがないだろう。
実際は前の宮の客となっているのだから、後でいなくなっていることは分かるだろうが、騒ぎを聞きつけて外に出たと言えばなんとかなる。そのぐらいの気持ちだ。
幸いなことにこちらに向かう群衆の中にライネンの姿を見つけられた。
「ライネン!」
呼び止められてライネンとタンドラが八名に気がつき、怪訝そうに顔を見合わせた。
「どうした、なんでこんなところにいる。中はどうなっているんだ」
八名はライネンも何も知らないことに少しばかりがっかりしながらも、ライネンが知らないのなら自分たちが知らなくても問題がないような気がして、こちらはホッとして顔を見合わせていた。




