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21 カースから海を超えて

 前の宮の広場に集まっていた民たちは当代シャンタルの姿を見、声をかけていただいたことで落ち着き、今は静かな興奮の中にいた。


「交代は明日だ、戻ってまた明日また出直せ!」


 広場に残って民たちの対応に当たっていたシャンタル宮警護隊副隊長ボーナムは、衛士たちに命じて民たちを広場から外に出す。今は民たちも大人しくその声に従い、広場にいる者の姿は少し少なくなってきたが、まだ逆に広場に入ってこようとする者たちもあり、お出ましの日や交代の時のようにすんなりと人の波は引いてはくれないようだった。


 波のように押したり引いたりしている民たちを、それでも交代の時の柵で仕切りながら、少しずつ外に追い出す作業は続けられている。


「絶対に民たちに傷をつけるな! シャンタルは慈悲の女神だ! みなもそのことをよく考え、ゆっくりと街に戻るように!」


 ボーナムの声を聞いた民たちも、互いに自分たちはシャンタルの、慈悲の女神の民だと言い合いながら静かに徐々にはけていくので、衛士たちは少しはホッとしながら作業に当たる。

 衛士は本来シャンタル宮にいてシャンタルやシャンタル宮を守るのが仕事だ、実際に民たちに対峙することは憲兵の方が多い。その名の通り警護が主な仕事なのだが、荒っぽい争いごとに関わることも少ない。そもそもシャンタル宮にそのような目的で近寄る者もほとんどないからだ。シャンタル宮は聖域中の聖域、この国でそのことを知らぬ者はない。


 こうして前の宮の騒ぎはやや収まっていたが、リュセルスの街では騒ぎは収まってはいなかった。むしろ二人の国王派の対立はひどくなるばかり。


 トイボア一家がカースに入った頃はまだ時刻も早く、そこまでの騒ぎにはなっていなかったが、村長宅で一息ついた頃には騒ぎはこの小さな漁村にも聞こえるほどになってきていた。


「これは、ちょっと早めに出た方がいいんじゃないかい。もう少しゆっくり休ませてあげたいけどさ」


 ナスタは暖かい火のそばでやっと力を抜けたトイボアの妻を見て、気の毒そうに言う。


「大丈夫か、行けるか?」

「ええ」


 トイボアの問いかけに妻は弱々しく笑顔を見せながら答えた。ここしばらくのことでかなり心身ともに疲れているのだろう。いや、おそらくはトイボアが王宮から罷免され、離縁した頃からずっとこの状態が続いていたと思われる。


「大変だけどね、もうちょっとの辛抱だよ。この山を乗り切れたら、あんたはきっと楽になる、幸せになるよ」

「ありがとうございます……」


 ナスタが妻の手をしっかり握って励ますと、妻は弱々しくだが、やっと笑顔を見せた。


「ちょっとだけどね、お弁当と水筒にお茶入れておくから。それとこれ、坊やに」


 ナスタは甘いお菓子を入れた紙袋の口を開けて見せ、子どもの手にちょっとしたおもちゃを握らせた。


「これがね、何をやっても役に立ちゃしないんだけど、こういうことだけは器用でね」

「おいおいおふくろ、なんかえらい言い方してくれるじゃねえか」

「ほんとのことだろ」

「いや、そう言われりゃそうなんだけどさ」

「ほれごらん」


 トイボア一家を小舟でキノスまで送る準備をしていたダリオとナスタのいつものやり取りに、トイボアも妻も少し心を緩ませたようだ。3歳になる息子も両親の楽しそうな笑い声につられて笑い、手の中で音のするおもちゃもカラカラと鳴った。


「だけど本当、いつの間にこんなもん作ったのさ。あんたが子どもが好きそうなもん知ってるなんて思いもしなかったね。兄弟の中で一人だけ男やめものまんまでさ、浮いた話の一つもありゃしないのに」

「おふくろー、そのへんで勘弁してくれよ」


 ダリオの情けない声にさらに笑い声が高くなり、場がぐっと和んだ。


「じゃあ行っておいで。そんで、こっちに戻ったらまたうちにおいでよ、いつでも歓迎するからさ」

「ありがとうございます」

「はい、ぜひまたお目にかかりたいです」


 トイボア一家は村長一家に見送られ、半島の先から「トーヤの船」に乗ってキノスへと向かった。


「マユリアの海の沖はキノスへとまっすぐの潮目だ、乗っちまえばあの山の端まで一直線、そこからは今の時間は少し逆潮(さかしお)になるけど、なあに俺の腕を信用してくれ」


 ダリオは明るい声でそう言って船を漕ぐ。


 あの洞窟がある山の向こうまでは、言う通りに常にカース沖からキノス方面へ真っすぐの潮目だ。以前、トーヤがその潮目からマユリアの海に引き入れられそうになったが、そんなことさえなければ誰でも漕がずにキノス方面へと流されると言っていいだろう。その先は突然通常の潮目に戻るのだが、それが今の時刻だと逆潮になるため、もう少し時間が経ってから出発する予定だった。


「けど、あの調子だともしかして村もなんかに巻き込まれるかも知れねえからな。あんたらのことを知ってるやつがふっと村に来るって可能性もないことないし」

「ええ、おっしゃる通りです。ありがとうございます」

「少しばかり海の上の時間が長くなるけど、見納めだと思ってゆっくり見てくれてりゃいい」


 ダリオの言葉通り、トイボアと妻は沖からリュセルス、そして高い場所に見えるシャンタル宮をじっと見送りながら西へと向かうことになった。

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