20 ヌオリの尋問
アランはゼトに案内されて、前の宮の神殿寄りにある衛士たちの待機室の一つにヌオリを連行した。歩かせるために戒めを解いたが、
「今は婚儀のためにみんな部屋に籠もっているから静かに歩けば知られないが、大声を出したり暴れたり逃げようとしたりしたら、誰が出てこようと遠慮なくまた縛り上げるからな」
と言ったのが効いたのだろうか、ヌオリはアランとゼトにはさまれて大人しく部屋まで歩いてきた。さすがにこれ以上の恥をかくのは耐えられなかったのだろう。
「何があったか聞かせてもらおうか。時間がないのであったことだけを手短にな」
椅子に座らせたヌオリの前にアランが立ち、話を急かす。ヌオリはすっかり脱力して大人しくなっていたが、話せと言われてまたなんだか様子がおかしくなり、
「本当に私ではないのだ! 部屋に入った時にはすでにそのような状態だったのだ! 信じてくれ!」
必死にそう主張するが、アランもゼトもそれではさっぱり分からない。
「だから、あんたが言うその自分じゃないってのが一体どういうことか説明してくれってんだよ。それだけじゃ何のことかさっぱり分かんねえだろ」
アランが冷静にそう言って聞かせると、ヌオリはやっと少し落ち着いたようで話を始めた。
「神殿の部屋の中で陛下が亡くなっておられたのだ」
「は?」
「でも私が行った時にはすでにそうだったのだ、私は何も関係がない!」
「あんたが関係ないってのはおいといてだな、陛下ってのは国王だな、どっちのだ」
「両方だ」
「は? どっちだって?」
「だから両陛下だ!」
「両陛下ってのは誰と誰なんだよ、だから」
「だから、国王陛下と皇太子だ!」
ここでやっと、アランもゼトもヌオリが言っていることの意味が少し分かってきた。
「つまり前国王と現国王だな」
「そうだ」
ヌオリとしては、あくまでも前国王が正しい国王で現国王は王位を簒奪した皇太子としたいところだが、今は国王の立場より自分の立場の方が重要だ。
「その二人が死んでたってのか」
「そうだ」
「どうやって」
「どちらも血まみれで倒れていた」
「武器は」
「え?」
「血まみれだったってことは何かでやられたってことだろうが、何でやられてた」
「え?」
どうやら混乱していてそのあたりまでは見ていないようだ。
「絶対に死んでたんだな?」
「え?」
「だから、死んでると確かめたんだな」
「え?」
言われてヌオリは言い淀む。
「なんだ、確かめてねえのかよ。つまりは血まみれの二人を見てびっくりして飛んで逃げたってこったな?」
アランはさすがにちょっと馬鹿にしたように言うが、事実なのでヌオリは何も反論できない。
「じゃあそこはいい。前国王と現国王だったってのには間違いはないんだな?」
「それは」
またヌオリはそこで言葉を途切らせた。そこまでの確認はもちろんしていない。部屋のドアを開けたら二人の血まみれの人間がいて、その顔に見覚えがあったので手前を前国王、貂の毛皮のマントを見て、奥に倒れているのが現国王だろうと判断したに過ぎない。
「そこも確かめてねえのかよ」
「一人は間違いなく陛下だった」
「ってことは、もう一人は確かめてねえってことだな」
「だがあの衣装、貂の毛皮のあるマントを着るなど他の者にはできぬことだ!」
「まあ他人にそのマント着せただけって可能性もあるけど、そこはここで言い合ってても意味がないな。とにかく血まみれの人間が二人倒れてたんで、あんたは悲鳴を上げて部屋を飛び出した、間違いねえな?」
「そうだ」
ヌオリはどことなく気にいらなげに、だが素直に認めた。
「ゼトさん、こいつ頼みます」
「え?」
「俺、様子見て来ます」
「お、おい、勝手にそんなことしてもらったら困るぞ」
「なんでです? 俺、その時に神殿にいたんですよ。こいつの叫び声で急いで追っかけることにしたけど、そこに戻るだけですから」
「なんでおまえが神殿にいたんだ」
「シャンタルの命ですよ」
「え?」
「詳しいことは俺の部屋にいるネイさんにでも聞いてください。じゃあこいつは頼みましたから、責任もって逃さないでください」
「お、おい!」
「おい、もしも逃げたらおまえのことを国中に触れ回るからな、逃げるなよ」
アランはそう言い捨てると、止めるゼトと唖然とするヌオリは無視し、今度は神殿に向かって駆け出した。国王のどちらかに何かがあったかも知れないとは思ったが、まさかそんなことになっているとは思わなかった。
おそらく現場は神官長室だ。ベルが実際に入ったことはないが、来客室の反対側に神官長室があるらしいと言っていたのだ。ベルはエリス様の侍女として出入りした時に、怪しまれない程度に神殿の内部については探っている。神官たちから大体の部屋の場所なども聞いていた。
ヌオリの言っていることが本当だとしたら、大変なことがあの時起きていたということだ。それがいつ起きたのかまでは分からないが、これももちろんマユリアと神官長の計画の一つのはずだ。国王との婚儀を利用してマユリアを王家の一員とし、人の高みにも君臨させようとしているとは分かっていたが、二人の国王を消して一体何をするつもりなんだと、アランは考えながら走っていた。




