18 母と子の邂逅
アランは小さなシャンタルを抱えたまま、一歩、また一歩と親御様に近づく。きれいな方だ。そして今アランの手の中にある小さな方とよく似ている。
もちろん実の母と子なのだから当然なのだが、なぜだろう二人が並んでいるところを想像してもあまり親子とは思えない。むしろラーラ様と一緒のところの方が実の親子のように思える気がする。アランもトーヤと同じくそんな感想を持った。
だがとにかくこの方は当代の母なのだ、今はこの方に当代を預けるしかない。あんなごたごたにこの小さな方をこれ以上巻き込むわけにはいかない。さっきの民たちを静かにさせてくれたこと、あれだけでもう十分ではないかとアランは思う。
「あの、俺、アランと言います。もしかしてトーヤから何か聞いていませんか」
「ええ、伺っています」
声もこの人ならこういう声だろうと想像できる、そんな静かで透き通るような声であった。
「そうですか、ご存知なんですね。あの、詳しいことを話してる時間がないので、お願いしたことだけを言います」
アランはさっと思考を切り替え、つかつかと親御様に近寄ると、抱えていた小さな方をすとんとその目の前に置いた。
「この方を預かっていただきたいんです。もうお分かりでしょうが、当代シャンタルです」
「この方が……」
親御様はそうであろうとは思っていたのだろう、特に驚いたという表情は見せないが、初めて近くで目にする自分の娘になんだか不思議そうな顔をしているようにアランには見えた。
気にはなるが、今は深く考えている時間はない。とにかく急ぐ必要がある。
「シャンタル、できるだけ早く迎えに来ますから、それまで親御様と一緒にいてください」
「分かったわ、ここで待っています」
今やアランに絶対的信頼を置く当代は、素直にそう言って親御様が座っている長椅子に近づき、
「お世話になります。座ってもよろしいですか」
と丁寧に尋ねた。親御様は立ち上がり、自分の娘に正式の礼を取り、
「どうぞお座りください」
と席を譲る。
「親御様は次代様のお母様なのですね、初めてお会いします」
当代はやや緊張した表情でそう答え、
「迎えが来るまで座ってお話ししてくださいな」
と、隣に座らせた。
並んで座るとますます二人がよく似ていることが分かる。
「では失礼します」
アランはそうとだけ挨拶をして一つ頭を下げると、元の部屋へと急いで駆け戻る。
正殿の外から誰かの叫び声が聞こえた時、トーヤはアランに頷いて行くようにと促した。そのすれ違い際の一瞬に、
「親御様のところで世話になった」
と、一言だけ小さく言ったのだ。室内にはフウとセルマもいたため、もしものことを考えてアランにだけ告げたのだろう。
アランは正殿を飛び出し、どこかから中央の廊下に飛び出してきた男を見てすぐにヌオリだと分かった。おそらく、どこかの部屋から飛び出してきて、どちらに逃げるか考えてあっちこっちを見たからだろう、一瞬正殿の方を向いた時に顔が見えた。ヌオリはアランが走ってくるのを認めたのか、もう一声叫び、そのまま神殿の外に向かって駆け出したので、アランはそのまま追うことにしたのだ。
あの時、自分の後ろからも駆けてくる人の気配を確かに感じた。おそらくあれはルギだ。あの時、あの状態でトーヤは正殿から出てくるはずがない。もう一人その前にキリエとすれ違ったが、神殿から外に出て前の宮に向かっている時に医師を呼ぶ声がした。
キリエがあれほど慌てて医師を呼ぶほどの人間に、何かがあったのだと分かる。そして神殿からは神官を全員出したると言っていたからには、どちらか、もしくは両方の国王に何かがあったに違いないとアランは推測した。その証拠に自分の後から追いかけてくるかと思ったルギが付いてこない。
そちらの方はトーヤがなんとかしてくれてるはずだと思うと同時に、ではこちらは自分がなんとかしろということなのだろうとも思う。
とりあえず一応は前の宮の騒動は収めた。もちろん群衆が押し寄せるのはこれからも続くだろうし、あれはあくまで一時押さえに過ぎないと分かっている。人が集まるたびに当代に出て鎮めてもらうわけにもいかない。根本的に解決をしなければどうにもならない。
まずはヌオリだ。もう少しでシャンタルに触れるという禁忌中の禁忌に触れるところだった。いくら傲岸不遜で胸糞悪い高位貴族の後継者だとしても、仮にもこの国の民、しかも中枢の立場の者がとても信じられない行動をとろうとした、つまりそれほどの何かがあったということだ。
ヌオリはひたすら「自分ではない」「自分が行った時にはすでにそうなっていた」を繰り返していた。あまりにうるさいので黙らせて縛り直したが、何があったかも聞かなければならない。そのためにも当代をあの部屋に戻したくはなかった。国のなんだか分からないごたごたに、あの小さな体で色んな重圧に耐えているあの子をできるだけ巻き込みたくはない。
生まれる前からその運命にある子だとは分かっている。でもだからこそ、できるだけ傷を小さくしてやりたい。アランは小さな友達にそんな思いを抱いていた。




