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17 ただ歓喜の声だけを

 小さなシャンタルはもう一度、今度は自分に言い聞かせるように小さくこくりと頷くと、一度顔をまっすぐ上げてから、前庭に集まる民たちに顔を向けた。


「シャンタリオのみなさん」


 かわいらしい声が流れると、民たちははあっと声にならない声を出し、まっすぐに頭上の小さな女神に釘付けになる。


「わたくしはシャンタルです」


 うわあっと嵐のような声が上がり、小さなシャンタルがびくっと少し肩をすくめたが、声が鳴り止むことはない。


「みなさん」


 もう一度小さなシャンタルが声をかけると、ピタリと声は静まり、民たちが頭上の小さな女神に喜びに満ちた視線を向けた。


「わたくしはみなさんが大好きです」


 今度はおお、とため息のように胸の内の熱さをこぼすような声がたゆたう。中にはすでに涙をこぼしている者、力が抜けたように座り込んでしまう者までいる。


「みなさん」


 小さなシャンタルはもう一度自分の民たちに呼びかけた。


「みなさんもわたくしを、そしてシャンタリオを好きでいてくれると思います」


 この言葉にもう我慢できなくなったと、民たちは口々に声を上げ始めた。

 神に届けとばかりに力を込めて、だが決して怒鳴るのではなく、静かに、だが真摯にその思いを口にする。


「もちろんですとも!」

「シャンタルを尊敬申し上げます!」

「シャンタルを大好きです!」

「シャンタル、ありがとうございます!」

「シャンタル!」

「シャンタル!」


 中にはもう声にならずむせび泣くだけの者もおり、集まった声たちが響き合い、どんな言葉が届けられているのかは分からなくなってしまう。


 だがこれだけは小さなシャンタルにも届いた。民たちが自分を好きだ、大好きだということが。


「これからもみなさんと一緒に、シャンタリオを大切に思い、守っていきたいと思います」


 小さな女神は今までで一番大きな声で、自分の思いを民たちに届けた。


「ありがとう!」


 うわあっ


 神からの感謝の言葉を聞き、集まった民たちにはもう叫ぶことしかできない。言葉ではもうこの思いを届けることはできない、まるでそう言っているようだ。


「シャンタルばんざい!」


 誰か一人がそう叫び、次々にその後に続き出す。


「シャンタルばんざい!」

「シャンタルばんざい!」

「シャンタルばんざい!」


 ただただその言葉が繰り返され、思わず小さな女神は感激で涙した。


「アラン……」

「ええ、よかったですね」


 シャンタルとアランは二人だけに聞こえる大きさの声でそう言って小さく頷きあった。


「ありがとう、みなさんありがとう!」


 シャンタルはもう一度そう言って民たちに小さく手を振り、民たちもそれに応えるようにまたその名を呼んだ。


 アランは頃合いも良しと、


「戻りますよ」


 と声をかけ、自分もシャンタルを抱えたまま軽くしゃがんで挨拶をすると、振り向いて中の国の貴婦人のようにしずしずと中に戻った。


 まだ外で歓声は続いているが、もうあの今にも吹き出すような不満や怒りではなくただ歓喜の声だけが渦巻いている。


 とりあえず爆発しそうな民たちのガス抜きはできた。だが、これも決して長く続くわけではないし、何よりもまだ神殿の中ではとんでもない状態が続いている。


 アランは当代シャンタルを抱えたまま、ある場所へと急いだ。


「アラン、アランの部屋に戻るのではないの?」


 さすがのシャンタルも正反対の方向に走っているのに気がつく。


「ええ、ちょっと違う場所へ行こうと思います」

「どうして?」

「あの部屋ではまだラーラ様もゆっくりなさらないといけないし、それにほら、あの人もいますからね」


 言われてシャンタルはついさっき、もう少しでヌオリに掴まれそうになっていたことを思い出す。


「でもあの悪い人はもうアランが捕まえてくれたのに」

「ええ。でもこれからあの悪い人は衛士たちに話を聞かれたり色々しますし、シャンタルには少しゆっくり休んでいてもらいたいんです。だからそちらに行きましょう」

「分かったわ」

 

 今の当代はアランの言うことには間違いがないと思っているようで、何を言っても素直にうんと言ってくれるのが助けだ。


 アランが正殿を飛び出す前、トーヤと一言だけ言葉を交わした。その時に聞いた場所に当代を連れて行って預かってもらう。トーヤならきっとそうする、そのためにわざわざそのことを聞かせたのだ。

 トーヤは正殿に現れる前にどこかにいて何かを見たに違いない。アランはそう確信してこうして走っている。


 神殿のやや手前にも渡り廊下がある。そこを渡るとこれまでアランは行ったことがない場所、親御様の離宮に入る。この廊下の向かい側に親御様の夫、お父上が滞在する部屋がある。


 離宮への入口に衛士か誰かがいるかと思ったが、意外なことに誰もいなかった。それに侍女らしき人影もない。では、この空間に親御様がたった一人でいるということか。

 

 仮にも次代様の母親になんとも不用心だとは思うが、今はそれが助かるとアランは遠慮なく扉を開けて中に入る。


 入ってすぐの部屋は応接室のようで誰もいない。その奥にまだ部屋らしきドアがあるのでそこも開けて入ると、中の長椅子に一人の女性が座っていた。アランが抱えている当代の母親でもある親御様だ。

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