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16 小さくて大きな存在

「なんでしょう、とっても楽しいわ」

「シャンタル、遊びに行くんじゃないですから、そこだけは分かっていてください」


 さすがに楽しそうに言う小さなシャンタルに、アランの方が不安になる。


「分かりました。でも何を言えばいいのかしら」


 シャンタルは月に一度ぐらいの頻度でバルコニーに立ち、民たちに姿を見せてはいるが、いつもはマユリアが付いていてくれるし、何かを言うことはなく軽く民たちに手を振るだけだ。


「そうですね、シャンタルの民たちに対する気持ちを素直に言えばいいんじゃないですか」

「民たちへの気持ちですか」

「みんな喜ぶと思いますよ」

「そうね」

「お、おい!」


 さすがにゼトが声をかけた。


「なんです?」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫なのかって、ゼトさんが行ってくれって言ったんですよね」

「そ、それはそうだが」

「ゼトさんはそいつを頼みます」


 アランは絹の海の裾から足を出し、縛り上げたヌオリを示した。ヌオリは気を失っているようだ。


「ちょっと暴れそうだったので軽く寝させてますが、多分もうすぐ目を覚ますでしょう。動けないようにはしてますが、一応見張っておいてもらった方がいいかも」


 ゼトは自分がトーヤに気絶させられた時のことを思い出し、一瞬不愉快そうな顔になったが、


「分かった。何があったかはまた後で聞く」


 と、素直にアランの後を引き継いだ。


「では行きましょうか」

「ええ」


 この部屋からバルコニーまでは階段を上がって少し歩くことになる。外の声は大きくなるばかり、少し急いだ方がいいと思い、アランは決意する。


「ちょっとじっとしてくださいね」

「え?」


 返事を聞くこともなく、アランは小さなシャンタルをひょいっと担ぎ上げた。さっき、奥宮から前の宮に来るまでにシャンタルがやったのと同じことだ。


(シャンタルは男に触るなってことだけど、もうさっき一度触ってるし緊急事態だ)


 アランはエリス様のドレスの裾をからげるようにして、踏まないように気をつけて早足になる。あっという間に階上のバルコニー前に出たが、今日はここには誰もいない。


「よし、行きますよ」

「ええ」


 バルコニーからは足元までは見えないが、いつ何があるか分からない。アランはシャンタルが、そしてキリエの部屋に行く時にトーヤがやっていたのと同じように、しっかりと絹の海の中に自分を隠し、どこからも見えていないかを確認してから、バルコニーに踏み出した。


 いつものお出ましの時にはシャンタルがお出になるというので軽く鐘が鳴らされるのだが、今日は鳴らす係の侍女はいない。そしてアランはそんなものを使うとは知らない。なので黙って二人でバルコニーにそっと姿を現した。


 最初のうちは騒いでいる民たちはバルコニーに人が出てきたことに気がついていなかったが、何かの拍子にふと顔を上げた一人が誰かがいるのに気がついた。


「お、おい、あれはもしかして」

「なんだ?」


 一人、二人、次第に上を見上げる者が増え、つられるように顔を上げた者たちが次々に声を上げ、声の輪が広がる。


 どうしてバルコニーに中の国の貴婦人がいる、あの噂のエリス様がと思った者も少なからずいたものの、その腕に抱えられている小さな人が小さな神だと気がつくと、もうそんなことはどうでもよくなり、小さな主にのみ意識が集中する。


「シャンタル」

「シャンタルだ」

「シャンタルが出てきてくださったぞ」

「シャンタル、初めてお姿を見た」

「シャンタルだ」


 それまで怒号が飛び交っていた前の宮の広場に歓声が湧き上がった。


 小さなシャンタルはここに来て少しばかり緊張してきた。いつもここに立つと民たちは自分を見て喜びの声を上げてくれる。ラーラ様もマユリアも、キリエもネイもタリアも、みんな民たちはシャンタルのことを大好きだからだと言ってくれた。

 だが、今目の前にいる民たちはいつもとは少し違う。何がどうとは言えないが、何かが違うと小さなシャンタルは感覚でそれを知った。なんだか怖い。


 小さなシャンタルは抱えてくれているアランの腕を、思わずきゅっと力を入れて握った。


「シャンタル?」


 アランに小さな怯えが伝わる。

 小さなシャンタルの表情がこわばっている。


「大丈夫ですよ。みんなシャンタルの民です。みんながシャンタルの言葉を待ってます」

「わたくしの言葉を?」

「そうです」

「でも、なんて言えばいいのかしら。みんな怒ってるみたい」

「怒ってはいませんよ、みんなシャンタルの声が聞きたくて、それで必死なだけです」

「そうなの?」

 

 シャンタルはまだ不安そうに聞くが、


「ええ、シャンタルがかけてあげたい言葉をかけてあげればいいと思いますよ」


 と、アランは優しくそう言った。


 アランは知っている。興奮した群衆をなだめるには、とにかく尊敬している誰かに声をかけてもらうことだ。その内容より何よりも、その笑顔が一番効果がある。その点ではシャンタリオでのシャンタルの存在は絶対だ、何があろうと彼らがシャンタルに声をかけられてがっかりしたり、憤ったりすることなどない。この小さな女神の存在の大きさをアランは信じている。


「大丈夫です、大好きだと伝えてあげてください」


 アランの言葉に小さなシャンタルは小さくこくりと頷いた。

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