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15 小さな女神と共に

「シャンタル、どうか民にお言葉を! 民たちをお鎮めください!」


 ゼトが正式の礼から深く頭を下げてシャンタルにそう頼んだ。


 シャンタルは自分に向けられたゼトの真剣な眼差しに困った顔になる。


 それはそうだろう。これまでシャンタルに向かって直接何かを頼んだ人間はいなかった。託宣を求める者たちは、いつも自分の前に来るとじっと頭を下げて言葉を待つだけ。そして自分はいつもその期待に答えることができなかった。

 ラーラ様もマユリアもキリエも、託宣がなかったということは今の道が正しいということ、つまり託宣がないのが正しいということなのだと言ってくれたが、それでも小さなシャンタルはいつもそのことが胸に重くのしかかって仕方がなかった。でも、それ以上どうすることもできない。そして自分はどうしてこんなにだめなのだと、自分を責め続けていたのだ。


 ゼトは必死に唯一の神に助けを求めたが、目の前におられる主は戸惑う顔をするばかり。


 ここにきてゼトは不安になってきた。神だと言っても目の前のお方はどう見てもただの幼い少女でしかない。そんな方にあの場をどうこうしろと求めるのは酷なのではないか。そんな気持ちになる。


「なあ、ゼトさん」


 名前を呼ばれてゼトは意識を主からアランに移した。


「一体何があったのか、説明もなしにそんなこと言われても困るだろ。何があったんだ?」

「そうか、そうだな」


 ゼトは前の宮に民がなだれ込んでいること、シャンタルはどちらの国王をお認めなのかお声をいただきたいと言っていることなどを手早く説明した。


「どちらの国王? 国王陛下はお一人ではないの?」


 当代シャンタルには二人の国王の争いのことは一切話していない。俗世の争いは神の世界とは別のものなのだ。シャンタルの反応からゼトもそのことが分かった。ゼトがそっとアランの様子を伺うと、アランも目で言うなと合図をしてくる。


「いえ、なんでもありません。それよりもこのままでは大変なことになります、どうか民に静まるようにとお声をいただきたいのです」

「わたくしが、直接民に、ですか?」

「そうです、お願いいたします」

「なるほど、それがあの声か」

 

 その頃にはもうとっくに外の騒ぎはこの部屋までにも届くようになっていた。アランも何かあったなとは思っていたが、まさかそんなにたくさんの民が国王のことで決着をつけろとシャンタルに迫っているとは、さすがに思いはしなかった。


「このままでは民たちは宮の中にまで入ってきます」

「宮の中にですか!」


 ラーラ様の様子を見ていたシャンタル付きの侍女が驚いて声を上げる。


「衛士、そんなことをなぜ許しているのです! シャンタルをそのような者たちから守るがの衛士の役目ではないのですか!」

「シャン、タル……」

 

 侍女たちの言葉の中のシャンタルという単語に反応したのだろうか、意識をなくしていたラーラ様が小さくつぶやいた。


「ラーラ様!」

 

 小さなシャンタルが急いで飛んでいき、侍医が慌ててシャンタルと触れないようにその場から離れた。ラーラ様は倒れた場所にそのまま寝かせられている。頭を打っているので動かさないほうがいいとの判断からだろう。


「シャン、タル……」

「ラーラ様、ラーラ様、お気がつかれたのですね!」

「シャンタル、ああ、わたくしは一体……」

「ラーラ様、そこにいる貴族の坊っちゃんに突き飛ばされて頭を打ったようですよ、まだ無理しないでください」


 アランが小さなシャンタルの隣からそっと声をかけた。


「シャンタル、気がつかれましたがまだラーラ様は休んでた方がいいと思います。でもゼト隊長の言うように、外も大変なことになっている。シャンタルが声をかけられる他に方法はないかも知れません」

「えっ!」


 小さなシャンタルはアランに言われて驚く。


「ラーラ様はまだ動けませんが、侍女の方たち、どなたかシャンタルに付いていけませんか?」

「わ、私たちがですか?」

「い、いえ、私たちはまだそんな」

「ええ、そんな畏れ多いこととても」


 ラーラ様の様子を見ていた侍女たちは誰もがそう言って辞退する。確かにシャンタル付きとしてはまだまだだそこまでの地位にはないのだろうが、それよりは押し寄せる民衆が恐ろしいというのも本心であろう。


「アラン……」


 シャンタルが不安そうにアランを見上げ、アランもうーんと考えていたが、何かを思いついたようでこう提案した。


「じゃあ俺が付いていきましょう、だったら行けませんか?」

「えっ、アランが?」

「おい、何を言い出すんだ!」

 

 小さなシャンタルはぱあっと明るい顔になり、ゼトは驚いて目が飛び出しそうになっている。


「でも男とバレてはいけないし、こういう手はどうでしょう。ちょっと待っててくださいね」


 アランは主寝室に入っていくとすぐに戻ってきたが、その姿を見て部屋の全員が驚いた。そこにいたのは中の国から来たという貴婦人だったからだ。


「どうです、これだったら俺が付いてても変じゃないですよね」

「エリス様、じゃなくてアラン?」


 小さなシャンタルは幾重にも重ねられた絹の海の中の人がアランだと分かって、楽しそうだ。


 中の国の貴婦人の中に入ってしまえば、確かに中身が誰でもバレはしない。

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