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11 トイボア一家の脱出

 民たちは前の宮に向かってどんどんと集まってくる。今では王宮前だけではなく、西の端のカース方面からも宮を目指してやってくる。不思議なほどの速度で前の宮に集まれという言葉が広まっていた。


 オーサ商会に滞在していたトイボア一家も、早い時間から街の様子を見に行きたいと付き添いの妻の兄に伺いを立てた。


「さすがに街が賑わっているようですし、お義兄さんも一緒にいかがですか」


 と、トイボアが一応形だけ声をかけたが、義兄はやはり断ってきた。何しろ腐っても貴族なのだ、下賤な民に混じって街に繰り出すなど立場的にもしたくはない。


「私はもうすぐこの国を離れる身ですから、家族と思い出を作りたいのです。その機会を作ってくださったこと感謝いたします」


 この言葉に義兄は焦り、トイボアの気持ちを損ねないようにした方がいいだろうとの判断から、妹に家族揃っての情に訴えろと命じた。妻も一緒に国に残りたいから説得すると、兄の意見に従う振りをし、家族三人でオーサ商会を抜け出すことに成功した。


 オーサ商会はリュセルスの中央、一番大きな大路からやや東に大きな屋敷を構えている。このあたりには裕福な商人などの屋敷が多い。有力な貴族の別荘などもリュセルスにはあるが、大体が少し離れた閑静なあたり、カースに行く時にマユリアが滞在した仮御座所のような場所にあることが多い。


 だがまだ安心はできない。兄は自分が残る振りをして誰かに頼んで見張りを付けている可能性もあるし、もしかしたら神殿からも誰かが派遣されている可能性だってある。


「気を抜かずに行こう、何があっても気がつかない振りだ」


 トイボアはあえて笑顔で妻にそう言い、妻も固いながらも笑顔で返し、歩き出した。

  

 トイボア一家はオーサ商会から出ると中央の大路を西に横切り、同じような屋敷の並ぶあたりを通り抜け、人がたくさん集まる広場に出た。このあたりにアルロス号のトイボアもよく知っている船員がいて、声をかけてくれることになっている。トイボアと妻は周囲の人たちを見る振りをして声をかけられるのを待った。


「よう、家族で祭り見物かい、いいねえ」


 振り向くとその船員だった。


「ええ、そちらはお一人ですか」

「ああ、仕事でこっちに来てる時に祭りにぶち当たったんでな、一人で楽しんでる」

「そうですか」


 白々しく会話を続けながら、義兄や神殿のつけた見張りがいないかを確認する。


「大丈夫みたいだな」

「そうですね」

「この先に辻馬車を停めてある、それに乗って一気に目的地まで行け、そこまで着いて行くよ」

「ありがとうございます」


 トイボアは妻に目配せし、妻は息子を抱いてトイボアの後ろにそっと並ぶ。


「なあ、この街でいい飯を食える店知らねえかな」

「この近くでなら少しは知ってますが」

「じゃあ、ちょっとそこ教えてもらえねえかな」

「いいですよ」


 ちょっとした小芝居をして、トイボア一家は船員と一緒に西へと移動したが、幸いにも誰かが付いてくる気配はない。神殿からリュセルスに送られた者はみな、あちらこちらで民を前の宮へと誘導しているからだ。今さらトイボア一家にはもう何も用はないと思われている。当然一家のことは誰の眼中にもなかったことが、幸いな結果となった。

 トイボアと同じように民に混ざって噂を流したり民を扇動していた者たちが、今は一斉に民たちに「前の宮へ向かえ」と煽っているせいで、驚くような早さで人々が前の宮に集まりつつあるようだ。


「じゃあここで」

「おう、気をつけてな」


 トイボア一家は船員に見送られ、一気に馬車でカースへと向かった。


 カース近くの約束の場所まではダリオが迎えに来てくれていた。ダリオはあの光の元に集まる仲間がリルのところで顔を会わせた時に、今度のために紹介をされていたのでお互いに顔を知っている。


 ダリオは特に言葉をかけず、一つ軽く頭を振ってトイボア一家をさりげなくマルトの経営する雑貨店にと誘導した。マルトには前もってリルから手紙で事情を伝えてある。


「いらっしゃいませ」

 

 丸顔のマルトがにこやかに挨拶し、ダリオが、


「よう」

「久しぶり、今お茶を入れるからちょっと待ってよ、その前にお客様だ」

「ああ待ってる」


 といつものように会話を交わしている横で、トイボアと妻も商品を探す振りをする。


「何かお探しでしょうか」


 マルトがさりげなくトイボアに声をかけ、隠しながらそっと店の奥へと一家を通した。今の角度なら外からは見えないはずだ。これで何か変な素振りをする者がいなければ、中で着替えを済ませた親子が他の客の間から外へ出るて手筈になっている。


「外はすごい騒ぎだけど、マルトは見に行かないのか?」

「見に行きたいけど店もあるしね」

「そうか稼ぎ時だもんな」

「それに奥さんがもういつどうなるか分からないし」

「かーちゃんがそろそろだろうって言ってた、それも知らせに来たんだ」

「そうか!」

「四人目だってのに、まだ今もそわそわしてんだな」

「そりゃ何人目だって子どもはうれしいもんさ」

「そりゃそうだな」


 二人がさりげなく外を見ながら会話をし、大丈夫だと判断したのでトイボア一家はそっと店を出てカースに向かった。

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