9 内門前の混乱
神殿と前の宮で事件が起こっていた頃、王宮の門から中になだれ込んだ群衆は、今度は王宮のさらに中にある内門のところに集まっていた。
「ここを開けろ!」
「国王陛下をお救いするんだ!」
「天に背く皇太子は王座から退け!」
今や暴徒と化す直前まで興奮した群衆は、さっき王宮衛士たちが解錠した外門よりももっとしっかりとし、豪華に飾り付けられた内門を打ち壊しそうな勢いだ。
「開けろー!」
「開けないとぶち壊すぞ!」
「誰か火をつけろ!」
どんどん怒声が荒っぽくなっていき、がんがんと内門がゆさぶられる。
ライネンは目の前の様子に大変なことになってきたと、今さらながら震えが来る。
(ヌオリたちからの連絡はまだか! 皇太子が神殿に入ったらすぐにも捕らえて国王陛下の復権を知らしめるとの話ではなかったのか!)
このままでは内門まで破壊され、民衆が王宮内に流れこんでしまう。前国王派の者たちもそこまでのことは望んでいない。せいぜい内門前で民たちが前国王復権の報を聞いて拍手喝采する、その程度のことまでだ。
そもそもヌオリやライネンの仲間たちだとて、実際の暴動や反乱、政変など物語の中でしか見たり聞いたりしたことはない。たくさんの人間が集まる場面など、交代の時にリュセルスに地方からも人が集まる、その程度までだ。怒りに任せて進撃する人の力、止めようがなくなった激流を想像もしたことがなかった。
つまりはおとぎ話を夢見ている程度、現実を見ていない。しょせんは貴族の子弟のお遊び程度の考えにすぎない。
ライネンは横にいるタンドラをちらりと見る。心なしかさっきまで余裕の笑みを浮かべていたタンドラの顔色も悪いようだ。
(まさか、予定外のことが起こっているのではあるまいな)
タンドラの姿にライネンはさらに不安になる。
予定では前国王を助けよと叫ぶ民の前に、国王救出と皇太子の身柄確保の一報が入り、沸き立つ民たちを引き連れて前の宮の前まで移動、バルコニーの上から民たちに前国王が姿を見せて一件落着であった。
「知らせはまだなのか」
「ええ、もうしばらくお待ちを、もう来ると思います」
答えるタンドラの声もやや硬い響きを帯びているように感じる。
ライネンたちは知らない。神殿の中で二人の国王が瀕死の状態でいることを。ヌオリがシャンタルに無礼を働こうとしてアランに取り押さえられていることを。
このままでは本当に群衆は内門を壊して王宮になだれ込みかねない。どうやってそれを止めればいいのか、ライネンにも、仲間たちにも、そしてタンドラにすら分からなくなっている。
最初はゆるやかでなだらかな川の流れも、急な坂を下り、他の流れと合流して奔流となればもう誰にも止められない。シャンタリオは平和な国でこの二千年、外の国との戦もなければ国家を揺るがす大きな争いもなかった、それゆえの計算違いだ。初めての政変は王宮内でただただ静かに、粛々と起きたために民たちは戸惑いこそすれ、本当の意味で何が起きたかを理解していなかったと言ってもいいだろう。
だがあまり自己主張がなく、流されるままに流れる性質を持つシャンタリオ人気質は、一度方向性を定められると呼応しあう力が力を呼び、誰にも止められないほどの強さを持つようになる。
シャンタリオの中でもこの性質に気がつき、それを利用しようと考えつくのは、おそらく神官長ぐらいであろう。
神官長は外の国の書物にも明るく、そして人の気質や性質というものをよく学んでいる。実際に神殿を訪れる外の国の人間との交流もある。実際に見たり聞いたりしたその人間たちから色々なことを学び、自分の中に取り入れて咀嚼して、どう扱いどう利用するかをよく知り尽くしていた。
元々優秀な素質を持ちながらその出自から叶わなかった学問への夢。それが神殿に受け入れてもらったことで学ぶことの楽しさ大切さを知り、我欲を捨てて国のために尽くしたいと思っていた若き日の神官長、その無欲さゆえに二人の神官長候補の緩衝材として神殿の頂点の座に着いた神官長ゆえに、この国ではありえないようなことも考えられたのだろう。
その神官長をもってしても、心の奥底、頭の中の中にあるこの国を変えるための秘策を表に出すつもりなどなかった。ただ空想の世界でシャンタリオが本当の女神に国になり、世界中の人がその真実を知り、尊い唯一の神に対してもっと敬意を持つようになることを想像していただけだった。
八年前、あのようなことを知らなければ、静かに神殿の一部として時が流れるままに消えていくだけの小さな人という存在、それ以上でもそれ以下でもなかったはずであった。思わぬことから得ることとなった、身に余るほどの神官長という職を全うするためにだけ静かに祈りを捧げる人生を送ったことだろう。
だが知ってしまった、見てしまった、そして出会ってしまった。自分の考えは間違えていなかった、神はそのために自分に手を差し伸べてくださった、そのことから考えを実行に移すことにしたのだ。女神が統べる国、美しい夢の国を作るために。
本だけ読めて食べることさえできればそれでいい。そう思って神殿に仕えることになった一人の少年の夢が今叶おうとしていた。




