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 6 消えた先代

 神官長は正殿から飛び出し、準備室に駆け戻る。主への礼儀は忘れず、丁寧に扉を叩いた上で入るようにとの言葉を待ってから扉を開けるが、心のうちではその(いら)えを待つ時間すら惜しかった。


「申し訳ありません、ですが理解できないことが起こりました。正殿の中には誰もおりません」

「え?」


 マユリアがこちらも理解できないという表情を浮かべるが、この事態にあってすら思わず我を忘れてしまうほどの美しさに一瞬神官長が言葉を途切らせ、急いで自分を取り戻した。


「申し訳ありません、あの、正殿の中には誰もおらぬのです、ご先代も侍女たちも」

「誰も……」


 マユリアは軽く目を閉じて意識を集中し、軽く首を左右に振ったが、何も言葉を発することはない。神官長は主が動いてくれるまで自分も動けない。じっと次の支持を待つだけ。


「トーヤ」


 やがてマユリアが口にしたのは神官長も知っているある男の名前であった。


「トーヤが連れて行ったのかも知れません」

「トーヤとはあの託宣の客人の傭兵でございますな」

「きっとトーヤが連れて行ったのだと思います」


 マユリアはなんとも不思議な表情を浮かべた。悲しむような喜ぶような愛しいような憎いような、そんな表情に神官長には見えた。


「ならば今はどうしようもありません。まずは他のことを進めましょう」

「はい」

「正殿の中には誰がいたはずだったのですか」

「はい。ご先代、ベル、セルマ、フウの四名です」

「他の者はどうしました」

「はい。アランと申す少年はヌオリの後を追って行きました。ミーヤとアーダはキリエ殿の命で侍医を呼びに宮へ参りました」

「それでお二人の容態はどうなのです」

「おそらくは助かることはないのではと」

「そうですか」


 マユリアは自分を争っていた二人の国王のことを聞いても、露ほども衝撃を受けてはいないようだった。


「ではあのことと両陛下のことをお願いいたします。わたくしは事が落ち着いたら正殿に参って婚儀を執り行います」

「御意」


 神官長はやっとどう動けばよいかが分かってほっとする。丁寧に頭を下げて準備室から再び出ようとしたところをまたマユリアが呼び止めた。


「外の様子はどうなのです」

「そちらも順調に進んでいるかと」

「そうですか」


 主が必要なことを全て伝え終わると神官長は今度こそ廊下に出て行った。


 神官長が正殿の様子をマユリアに知らせていた頃、ヌオリは必死に前の宮の廊下を奥宮方向に向かって走っていた。


 目が血走っている。とんでもないものを見てしまったのだ当然だろう。


 今朝、ヌオリのいた部屋の扉の下にそっと一枚の紙が差し入れられた。そこには前国王が神官長の部屋にいること、もうすぐ現国王がやってくることなどが書かれていた。

 

「いよいよだ」


 ヌオリは部屋にいた仲間たちに紙を指し示す。


 最初この部屋に入ったのは前国王と今は王宮に移動したライネン、そしてライネンの従者を含む十二名であった。今は九人。ヌオリは前国王を救助する者と現国王を確保する者の二手に人数を分けたが、それはかなり偏った編成となった。


「陛下の救出には私一人で行く。何しろ皇太子はかなりの手練れだ、一人でも手が多い方が確実だろう」


 仲間たちにはヌオリの魂胆(こんたん)がすぐに分かった。前国王の前に自分一人が颯爽(さっそう)と現れて正義の騎士よろしく株を上げようというのであろう。

 自分たちには危険を伴う現国王の確保という肉体労働をさせて、おいしいところだけを持っていこうというのは分かった、分かりはしたが何しろ家格が違う、バンハ家は国王の最側近として自分たちの家の上に立つ家柄だ、不服であってもヌオリに従うしかない。もしもここでヌオリの機嫌を損ねたら、せっかくここまでやってきたことが水の泡になりかねない。

 せめてライネンがここにいてくれたら何か提案をしてくれる可能性もあるが、老いた従者を連れてリュセルス組と合流している。他に物を言える者がいない状態では黙って従うしかなかろう。


 そんな経緯でヌオリ一人が前国王がいると言われている神官長の部屋へ向かい、残りの八名が現国王を待ち構えるために他の部屋へと潜んだのだ。


(なぜ、なぜこんなことになったのだ!)


 ヌオリは駆けながら必死に考える。


 ヌオリたちは神殿から少し離れた場所から神殿での出来事を見ていた。なぜだか分からないが侍女頭や侍女たちがエリス様ご一行を先導して神殿へと向かい、神殿前で現国王一行とかち合った。神官長がその場を取り仕切り、まず現国王をどこかに案内して従者たちを帰らせ、続いてエリス様ご一行を中へと案内した。

 仲間の一人がその様子を見に行ったところ、一行はまっすぐ正殿へと進んで行ったのでその隙にヌオリは神官長の部屋、他の者たちは反対側にある来客室へと向かったのだ。


「いいか、まさか花婿然(はなむこぜん)とした皇太子を準備室に入れるわけがない。来客室かもしくはそれと同じほどの客室のどこかに入れたはずだ。そのあたりを探せ」


 ヌオリはそんな漠然(ばくぜん)とした指令を与えると自分は喜々として神官長の部屋へと向かい、残りの者は不承不承ながら来客室へと向かった。

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