23 セルマの混乱、フウの驚愕
「シャンタル!」
ベルとアラン、続いてミーヤとアーダが急いでシャンタルに駆け寄る。
「シャンタル! おいシャンタルしっかりしろって!」
一番近くにいたベルが斜めに座り込んだシャンタルの肩に両手をかけたが、シャンタルは返事もできずにそのまま床の上に倒れ落ちた。
「シャンタル!」
続いてアランがその体を抱き起こすが、すでに両目を閉じて意識を失ってしまっているようだ。
「シャンタル!」
ミーヤとアーダが駆け寄り、床に膝をついて様子を見るが何もできることがない。
フウとキリエは立ったまま、セルマはシャンタルと同じように床の上に倒れ込むような姿勢のままその様子を見ている。
ルギは左手でしびれてしまった右腕と剣を支えているがそのまま動くことができないようだ。それほどシャンタルの力が与えた衝撃が強かったのだろう。
「シャンタル! シャンタル、おい! おい、返事しろよ!」
ベルが必死に揺り動かすが反応がない。かろうじて息はあるが肌の色も褪せ、そのぬくもりもみるみるうせているのが分かる。まるきり生きた屍のようだ。
「シャンタル、目を覚ましてくれよお! シャンタル!!!!!」
ベルが人目もはばからず号泣するが答える声はない。
「マユリア」
「キリエ、参りましょう。婚儀が待っています」
「はい」
キリエが伺うように声をかけるとマユリアは何事もなかったかのように答え、キリエもその言葉に従う。主従は何事もなかったかのように正殿の入口に向かって歩き始めた。
「待てよ!」
アランがその後姿に声をぶつけた。
「どこ行こうってんだよ、こんなことしといて!」
模擬刀を持ち直して立ち、その後姿に向かって駆け寄ろうとするが間にルギが立ちはだかる。
「どけ!」
「無駄だ」
アランにも分かっている、今一度ルギに斬りかかっても同じことを繰り返すだけだと。だがそれでもやらずにいられない。
「どけ!」
叫びながらアランがルギに斬りかかるが、あっけなく吹き飛ばされた。
「兄貴!」
「無駄だと言っただろう」
ルギが倒れたアランに輝く刀身を向けながら続ける。
「おまえのような者のためにこの剣を穢したくはない。諦めて大人しくそこに倒れていろ」
悔しいが自分にルギをどうこうする力はないとアランにも分かる。アランは言葉もなく視線で殺意をぶつけるがルギは草むらに踏みつけられた虫けらでも見るような視線を送ると、何事もなかったように剣を収めてマユリアとキリエの後に続いて正殿を出ていった。
「一体何が……」
セルマの声が沈黙の中に響いた。今の一連の流れを一番理解できないのはセルマだ。
セルマは自分だけが神官長から真実を教えられている特別の人間、評価されている人間だとばかり思っていた。だがどうだろう、実際の自分は何も知らなかった。この場にいる者の中で、おそらく自分だけが何も知らなかったと知った。
「一体今のはなんだったのです! 一体この方はどなた! エリス様は中の国の貴婦人ではないのですか! ご先代がなぜエリス様なのです! なぜここにおられるのです!」
セルマは今は正気を失ったように叫んでいるが答えてくれる者はない。誰もが今目の前で弱っていくシャンタルに意識を向けているからだ。
「セルマ様……」
やっと弱々しくミーヤが反応をした。
「申し訳ありません、今は何かをお話できる状態にはないのです」
「ミーヤその方はどなたです! まさか湖にお帰りになったご先代ではないのでしょう! 似ているどなたかですよね!」
セルマはそう言ってもらいたいと思って必死にミーヤに問いかけるが、ミーヤの目の色を見て自分の言葉が沈黙で否定されているのだと知る。
「どうして……」
セルマはふらふらと立ち上がるとシャンタルのそばに近寄ってきた。
ベルに抱きかかえられているエリス様であった方、長い長い銀色の髪を持ち、艷やかに輝くような褐色の肌を持ち、今は閉じられているまぶたの奥には深い深い緑の瞳があるはずだ。
八年前、セルマはまだ奥宮付きではなかったが、奥宮に出入りを許されていたので何度もシャンタル本人を目にしたことがある。そうだ、確かにこのような方だった。
「どうして……」
もう一度セルマはそう口にするとその場に立ち尽くした。
自分は自分だけが何もかもを知っていると思っていたが違った。では神官長のあの言葉は何なのだ。自分を評価し、自分こそが困難を共に乗り切りこの国を守るにふさわしいと言ってくれたあの言葉は。
「しっかりしなさい」
フウの声が呆然としているセルマをこちらの世界に引き戻したが、同時にセルマは自分の怒りをぶつける相手としてフウを認識する。
「あなたも知っていたのですね、あなたも知っていて何も知らない私を影で笑って見ていたのでしょう」
「何のことを言っているのです」
「あなたも秘密を知っていて知らない顔をしていた、そうなのでしょう」
「ですから何のことを言っているのです」
「次代様がもう生まれないことです! この世界が終わりに向かっていることをです!」
セルマの言葉にフウはいつもより少し目を丸くしたので驚いたのだろうがそれだけで、いつもと変わらぬ様子でミーヤに声をかけた。
「そうなのですか?」
ミーヤも認めるしかない。
「はい」
と一言だけで答えを返した。




