表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
630/746

22 三度の拒否

 マユリアはシャンタルの言葉を正面から受け止めてじっと見ていたが、ふいにその名を呼んだ。


「シャンタル……」

「マユリア」


 シャンタルをよく知る者にだけ分かるほどだが、それまでとは違う感情のこもったシャンタルの声が目の前の高貴の紫に包まれた女神を呼んだ。明らかにこれまでとの反応が違うのは相手が違うからだとベルとアランは気づき、目を見合わせる。


 今は中に封じられている当代マユリアが自分の意思で表に出てきたのか、それとも何かの意図で女神マユリアが表に出しているのかは分からない。だがその違いは大きな違いだ。


「シャンタル気をつけろ」

「うん」


 アランの注意の意味をシャンタルも分かっているようだった。


「シャンタル」


 またマユリアが呼びかけた。


 今度はどちらなのかシャンタル以外の者には判別がつかない。アランとベルにすら黙って見守るより他はない。


 表のマユリアと中のマユリア。二人のマユリアが存在し、今は中にいたはずの女神マユリアが表に出て当代の意思を封じ込めていると知る者は他にはミーヤとアーダ、そしてキリエの三名だけだ。フウもセルマもそしてルギもそのことを知らない。


「シャンタル……」


 マユリアが三度(みたび)シャンタルを呼んだ。


 シャンタルは返事をせずじっとマユリアを見つめる。


 八年前、マユリアが(いと)おしそうに見下ろしていた子どもは成長し、深い深い緑の視線が夜露に映る空のような黒い瞳を今はやや(うつむ)き加減に見つめている。


「わたくしを、助けてください……」


 マユリアはゆっくりと距離を詰め、ゆっくりと紫の袖を引く腕を伸ばしてきた。


「シャンタル!」

「うん」


 アランの声を聞くまでもなくシャンタルはすっと後ろに足を引き、マユリアから距離を取った。


「ごめんね、今のマユリアに触れられることはできないんだ。マユリアが本当に私を懐かしく思って昔のように抱きしめてくれようとしても、そうはならないって分かってる」


 シャンタルの声はさびしさを含ませてはいたが、感情にゆさぶられてマユリアに触れられることは決してないと強い意思を伝えている。


 すぐにでもマユリアと抱き合って再会を喜び合いたい、それがシャンタルの本心だ。エリス様の仮面をはずし、ラーラ様に抱きしめられ、よく無事に戻った大きくなったと言ってもらった時のように、マユリアにもそうしてもらいたい、自分も会いたかったのだと伝えたいはずだ。確かめなくてもそんなことは誰にでも分かることだ。八年前のことを知る者ならば誰もがそう理解できる。誰よりも大切なシャンタルの家族なのだから。


 だができない。なぜなら目の前のマユリアはマユリアであってマユリアではない。いや、もしかしたら以前は深い心の奥でその方ともつながっていたのかも知れないが今は違う。感情のままにその手を取れば、瞬時にシャンタルからすべてを奪う存在となってしまっているのだから。


「ごめんね」


 シャンタルはもう一度その言葉だけを口にして、マユリアはうっすらと涙を浮かべて緑の瞳を見つめている。


「分かりました。わたくしの言葉は届かない、願いは叶えられない、そうなのですね」

「うん、ごめんね」


 三度(みたび)シャンタルがマユリアに謝る。


 マユリアは絶望を目に浮かべてじっと緑の瞳を見つめていたが、美しい黒い瞳を涙でうるませたまま乾いた言葉を口にした。


「ルギ、ベルを……」


 その瞬間、ルギとアランが同時に動いた。


 ルギがマユリアから下賜(かし)された剣を横様(よこざま)に抜きながらベルに詰め寄り、アランが模擬刀(もぎとう)でそれを受けた!


「くっ……」


 その剣の重さに思わずアランの口から苦鳴(くめい)が漏れる。これまで戦場で数多(あまた)の剣を受けてきたアランにとっても、これほどの重さと鋭さを持つ剣は初めてと言っていいほどの圧だ。


 ルギがマユリアの(めい)をベルを斬り捨てろと受け止めたのか、それとも剣を持って身柄を確保しろ受け止めたのかは分からない。ただその剣をベルに振りかざしアランが止めた。それが他の者たちの目に映った事実だった。


「く……」

「どけ」


 両手で模擬刀を支えてルギの剣を受け止めていたアランだが、実力の差は明らかだった。長身だが細身のアランと一回り縦にも横にも大きなルギ、体格だけでも差があるというのに、手にしている武器も違う。


「どけ」

「うあっ!」


 ルギはもう一度そう言うとぐっと右手に力をこめ、模擬刀ごとアランの体を吹き飛ばす。


「兄貴!」

「ベル!」


 兄の身を案じるベルの声にシャンタルの声が重なる。


「うっ!」


 次の瞬間、ルギの剣がベルに向かって突きつけられたが見えない何かがそれを弾き飛ばし、思わず今度はルギが苦痛の声を上げた。かろうじて剣は握っているものの、右肩から先が全部しびれてしまっているように見える。


「シャンタル!」


 ベルには何が起こったかすぐに分かった。シャンタルの「悪いことをすると痛くなる魔法」がルギの剣を(はじ)き飛ばしたのだろう。だがそれと同時にシャンタルが崩れ落ちる。


「シャンタル!」


 アランも起き上がってシャンタルに駆け寄るが、何が起こったのかをすぐに理解した。


 シャンタルがミーヤを助けた時と同じことが起きている。誰かがシャンタルの(いのち)を吸い取っているのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ