17 王宮の門開放
王宮前の人々が一気にタンドラの思う方向に動いたのは、トーヤがアランたちに説明していた「シャンタリオ人の気質」をうまく利用したためだ。
『大抵のことはじっと我慢してる。だけどな、それが限界に来たらいきなり爆発すんだよ。これだけは許せない、そういうことに触れられるとな。あんたも覚えがあるだろ?』
そう言われてシャンタリオ人であるミーヤは言葉をなくしていた。トーヤたち外の国から来た者と接して色々なことを知り、いくらか心の門を開いているミーヤですら、シャンタルにあえてそれ以下の敬称であるとの認識の様を付けて「シャンタル様」と呼ばれれただけで頭にかっと血が上った経験があったからだ。
だからこそトーヤはすでに予告していた。リュセルスの民はギリギリのところにきているがじっと我慢をしているだけ、その我慢を開放して道筋を付けてやればそちらに向かって一気に爆発するだろうと。そのためにもしかすると一般の民たちを迎え撃つ可能性もあると考えて、模擬刀を準備していた。戦いの本職、傭兵であるトーヤやアランが相手をすると不幸な結末を迎える可能性もある。極力無垢な民たちに被害を出さないようにと。
安寧な日々が流れるシャンタリオだからこそ、受け身の部分が強い国民性だからこそできることだ。神官長はその部分をよく知っていて、タンドラにどう動くかを細かく指示していたと思われる。一度一つの大きな流れになった民たちの気持ちはもう止まらない。ただひたすら前国王を救え、その方向に激流となってなだれ落ち始めてしまった。
タンドラは王宮前の民の心が一つになったと判断すると、すぐ横で木偶の坊のように突っ立っているライネンの両肩を両手でぐっと掴み、叫んだ。
「みな、ライネン様に従え!」
王宮前がまるで音が消えたかのように一つになった大きな声の渦に包まれ揺れる。
誰もが知る名家セウラー伯爵家の後継者が導き、理不尽にも不遇な待遇に追いやられた名君を助け出すことこそ天の意思、正しい道だ。そう信じる人々の視線が一気に集中しライネンはたじろぐ。
「さあライネン様、みなにお言葉を!」
タンドラはそんなライネンの気持ちになど一切構わずそう言い放つ。そして民たちは今度はライネンの声を求めて一気に静まった。
ライネンはさらに戸惑い口を開くこともできないが、ここまで来たら動くしかない。
「う、うむ……」
やっとのことでタンドラにそう言って頷くと、
「みな、大義である。国王陛下のために頼む」
とだけ、ゆっくりと絞り出したが、言葉が終わるか終わらないかに今度はライネンを称える声に飲み込まれることになった。
「ライネン様!」
「ライネン様ー!」
「陛下をお助けしましょう!」
「ライネン様!」
萎縮してゆっくりとしか動けず話せなかったことが、皮肉なことに威厳のある堂々とした落ち着いた姿と受け取られたようで、民たちはまるでライネンこそが英雄であるかのように声を上げ続ける。
「ライネン様」
タンドラは今度は言葉にはせず視線だけでライネンに何かを促した。それは民の歓喜の声に応えてやれということだとさすがにライネンにも分かり、軽く右手を上げて見せるとまたわあっと声が上がり、民たちは「ライネン、ライネン」と声を揃えながら拳を突き上げ始めた。
その動きに呼応するように、なんということか、王宮の門の内側にいる王宮衛士たちも同じように声を合わせ、信じがたいことに王宮の門の鍵を解錠しようとする。
「お、おい、おまえたち何をやってるんだ! やめろ! 鍵を開けるな! 門を開くな! おまえたちも止めろ!」
数名の王宮衛士の動きに上官が驚いてやめさせようとするが、すぐ近くにいた部下たちに逆に動きを拘束された。
今日の日のために前国王派の王宮衛士たちが配置されていたことももちろん大きいが、民たちの興奮の渦に巻き込まれ、自分も流れるように呼応した王宮衛士たちも少なくはなかった。王宮内のそれなりの身分や地位にある王宮衛士たちはほぼ現国王派で占められているが、もっと下級の一般的な王宮衛士たちには今度の国王交代劇をおかしいと思いながらも何も言えなかった者も多いからだ。
現国王派からはじき出された形となったトイボアや、前国王を逃がした後で自害した元王宮侍女やその弟は、あまり大した家柄ではなかったとはいえ一応は貴族の家柄だが、兵学校を出た平民出身の王宮衛士たちは、その身分の低さからその職にあるだけでもありがたいと大きな出世を望まず黙々と職務に勤める者も多い。そのような者たちが自分と同じ民たちの前国王を救えという声に応えて門を開く流れになった。
「門が開いたぞ!」
重い鉄の門が開かれると一斉に民たちが中に流れ込み、いつもは近づくことも考えられない王宮へと駆け出した。
「国王陛下をお救いしろ! 婚儀が終わったら皇太子はもういらぬ者と判断してきっと陛下のお命を奪うだろう!」
タンドラの言葉に押されたように、
「陛下をお救いしろ!」
「正義を!」
「天よ御覧ください!」
「シャンタリオに正義を!」
群衆は口々にそんなことを叫びながら次々に続いていった。




