16 蜂起の声
王宮の門前はあっという間に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「そうだそうだ! 囚われの国王陛下をお救いしなくては!」
「皇太子は国王に玉座を返すべし!」
「神は正しい国王をこそお望みだ!」
人々の間に潜ませている「仲間たち」がそんな声を上げ、それに呼応するように一般の前国王派たちも同じように叫び始めた。
「だけど前国王陛下はお体を悪くしてご譲位なさったと聞いたぞ、違うのか?」
あえて「仲間たち」の一人がこんな声を上げる。もちろんそんな疑問を持つ者たちにこの答えを聞かせるためだ。
「嘘だ、大嘘だ! 国王陛下はまだまだお元気であらせられるのに、皇太子とその一派が力ずくで玉座を奪ったんだ! ご病気だなどと真っ赤な嘘だ!」
タンドラが一層声を張り上げた。
「国王陛下はご立派な方だ、そのお人柄を慕い、マユリアは交代の後は今度こそ後宮に入るとのお約束を叶えようとなさっていた! ところがだ、それを妬み、女神を我が物とせんと画策した皇太子が、王宮での出世と引き換えにラキム伯爵、ジート伯爵という身の程を知らぬ恥知らずの貴族どもと結託し、力尽くで玉座を奪ったのだ!」
この言葉に声にならないどよめきが広がる。
「やっぱりな、あの噂は本当だったんだ」
「俺も聞いた、元王宮衛士ってやつから」
神官長の意を汲んで動いてたトイボアのような者たちが広めていた噂、それを信じる者たちが後を追うように声を上げ始めた。
「だけど今の国王様はとても立派な方だと聞くぞ!」
「俺もそう聞いた!」
「うちのじいちゃんは直々にお声をかけていただいて、素晴らしい方だと言っていた!」
「そうだそうだ! 学問にも造詣深く、剣や槍や弓にも優れていらっしゃるそうじゃないか!」
「聞くところによると剣の腕など警護隊のルギ隊長と並ぶほどだそうだぞ!」
今度は息子の現国王を信じる者たちが声を上げる。
無理もない、現国王はこの八年たゆまぬ努力を続けてきた。その姿を見ていた者たちは事あるごとに褒め称え、その声は民たちにまで届いている。もっとも神官長の入れ知恵であえて見せるためにやっていたこともあるが、それを差し引いたとしても立派に成長したという部分だけはどうやっても否定しきることができるものではない。
「それは無論真実だ!」
タンドラは一層声を張り上げる。
「皇太子殿下はご立派な方だ、みなが言っていることを俺も否定はしない」
「だろう!」
「ああ認める。学問に励み、武術にも人一倍努力なさり、外見もご立派、そして皇太子妃お一人を大事になさり、側室の一人も持たずにおられた」
「そうそう、そこは前の王様と違うところだよな!」
この声に一同がどっと笑い声を上げる。さほどに前国王の花園のことは皮肉な響きを持って国民に知られているということだ。
「国王陛下は確かにたくさんの華を求められた。そのことはみなも知っているように陛下のたった一つの疵と言ってもいい。だがその他に何か悪いことをなさったか? 陛下の治世の数十年、大きな災害もなく、戦もなく、国は潤い、みな豊かな生活を送っていたのではないか? 他に何か陛下が悪いことをなさった、人の道に外れたことをなさったか?」
言われてみれば確かにそうだったという声があちらこちらでささやき交わされる。
「なさったか!」
さらに重ねて強く言われ、そんなことはなかったという声が次第に大きくなってきた。
「確かに陛下の花園は噂に聞く中の国の後宮のように華やかだ。だがそれも、国が平和で富んでいるからこそのこと、だからマユリアも八年前後宮に入ることを約束なさったのだ、覚えているだろう!」
うわあっと、一気に声が大きくなった。
「確かに聞いたよな、そんな話」
「あの時は親子ほど年が違う陛下にどうしてと思ったもんだが」
「うん、皇太子様ならともかくって思ったよな」
その話がなくなった理由を知らない者はいない。
「そうだ、あの悲しい出来事、先代が亡くなられたことからマユリアは後宮入りを諦めて宮に残られたのだ! 本来なら今頃は陛下の元で幸せに過ごされているはずだった! そうお望みだったのだ!」
もう誰が何を言っているのか分からないほどにざわめきが大きくなる。ある者はタンドラの言葉をその通りだと言い、ある者はそれはおかしいと言う。王宮の門の中にいる王宮衛士たちまでもが今ではタンドラの言葉に耳を傾けている有り様だ。
誰もが八年前のことを心の奥深くに沈めていた。あの時の衝撃、永遠だと信じていた神が突然お隠れになったあの出来事を認めることが恐ろしく、なかったこととしてフタをしたあの時の不安な心が蘇る。
「みな、聞け!」
みなの視線が一斉にタンドラに向かう。
「確かに皇太子殿下はご立派な方だ、それは認める。だが国王陛下と反対に、ただ一点だけはそうではなかった! それはマユリアへの懸想! 横入り! 父王様に女神を渡したくなくて無理やり御婚儀を執り行い、マユリアを我が物としようとしている! そんなことが許されるのか! 天の怒りを買うに違いない! このままでは今度こそこの国に災難が降りかかるぞ!」
この言葉を最後に王宮前の声はただ一つになった。
「国王陛下をお救いしろ!」
王宮門前の民たちが蜂起の声を上げた。




