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15 注目を浴びる者

 アランの部屋から奇妙な一行が神殿へと向かって歩き出した頃、王宮前でも変化があった。


「ライネン様、国王陛下が神殿に向かわれたようです」


 タンドラがこっそりそう耳打ちをしてきた。


 ここで言う「国王陛下」とは息子である現国王のことだ。ライネンたちの中ではいつもは前国王のことを国王と呼んでいるがここにはたくさんの民が集まっている、一応譲位はなされて皇太子があとを継いだことになっている以上、そちらの方が自然であろうとここだけではそう呼ぶということになった。「仲間たち」にもそう伝達してある。


「予定より早いのではないか?」

「はい、どうやら変更があったようです」

「ということは」

「はい、今すぐ動きましょう」


 ついにその時が来た。ライネンはごくりとつばを飲み込む。


 ライネンたちの役目は王宮前に集まる民を扇動し、騒ぎを起こして神殿に向かった現国王に目を向けさせないことだ。その間にヌオリたちがその身を確保し、前国王の復権を民たちに宣言することになっている。


「しかし、予定の時間よりかなり早いが大丈夫なのか?」

「先ほど合図がありましたので大丈夫です。当初の予定よりは早いですが、間違いなく国王陛下は王宮を出られました。まあ、もう少しだけならお待ちしても構いませんが、ライネン様のお心が決まるぐらいまでならば」


 腰がひけているライネンにタンドラが笑いながら答え、この言葉にライネンは唇を噛んだ。タンドラの言葉に自分を弱虫と馬鹿にする響きを感じ取ったからだ。


「私は単に予定が変わっても大丈夫なのか確認しただけのこと、問題がないのならそれでいい」

「これは失礼いたしました。ではお願いいたします」


 タンドラは丁寧に頭を下げてライネンに謝罪すると、さっと場を開けて前へというように左手を門の方へと差し伸べた。


「よろしい」


 ライネンは一言だけそう答えるとできるだけ威厳があるようにと胸を張り、タンドラが指し示した王宮への門の方向へ人の間を縫って歩き出した。ライネンの動きに気づいた「仲間たち」のうち一番近くの五名がさりげなく後を追う。


 ライネンは王宮の門のすぐ近くまで来ると背を向けて集まっている人々の方を向き直り、大きな声を張り上げた。


「親愛なるシャンタリオの民たちよ! 聞いてほしいことがある!」


 ライネンは羽織っていた質素なマントをひらりとひるがえし、下に着ているいかにも貴族然とした衣装をちらりと見せた。ここにいるのは名のある家の方であると民たちに知らしめるためだ。


 思った通り集まっている人々はざわめき始めた。交代の時期には高貴な方たちはみな客としてシャンタル宮に留まるはず、それが長年の慣例であり、貴族たちの役目でもある。尊い神の交代の儀式を見守り新しい時代を祝することが。


 ライネンの家、セウラー家は古くからの家柄で王家の側近として名高い。民たち、特に王都リュセルスでは広く顔を知られている一族の者も多く、ライネンのことも名家セウラー家の後継者、次代の国王側近として知っている者は少なくはない。そんな一部の者を動かすために、まず仲間の五名がさりげなく周囲に聞こえるぐらいの声でつぶやき始めた。


「あれ、セウラー伯爵家のライネン様じゃないかな」

「ああ、そうだよ! 俺、前にお見かけしたことがある!」

「そうだ、俺もある」


 この声にライネンを見たことがある者たちが騒ぎ出した。


「えっ、どうしてそんな高貴なお方がこんなところに?」

「こんな民たちが集まる場所にそんなお方がいるはずがないだろう」

「そうだよな、高貴なお方は今頃宮だぜ」


 そんな声も聞こえてくるが、何しろ本物なのだから、次第に否定する声はかき消されていき、人々の注目がライネンに集まり始めた。


 ライネンはこれまで自分自身がこのように注目を浴びたことはほとんどない。大部分は父親であるセウラー伯爵と共に行動している時、その次が最も国王の側近として名高いバンハ侯爵家の後継者ヌオリと一緒の時のことだ。ライネン本人がこれほど人の目を集め、そして注目を浴びたことはほぼないだけに、広がっていく民たちの声に思わず体が固まる。一体何をどう言うのだったろう、次の言葉が出てこない。


 動けなくなっているライネンの隣にタンドラがすっと寄ってきて、代わりに声を上げた。


「そうだ、知っている者も多いだろう、こちらはセウラー伯爵家の次期当主ライネン様だ! 本来ならばこのような場にはふさわしくない高貴なお方、そのお方がわざわざ来てくださったのにはそれなりの理由がある!」


 疑念を持っていた者もライネン本人だと聞いて思わず注目する。


「それはただこの国の安寧を思うがため! この国を正しい形に戻すためだ!」


 思わぬ言葉にますますみなが注目するが、その中心にいながらライネンは注目を浴びるだけで何も声を発することもできずにいた。


「みなも知っているように国王陛下はその玉体(ぎょくたい)を囚われ命の危機でいらっしゃる ! 陛下をお救いするために真に国を(うれ)える忠臣たちは動き始めた! その事実を知らしめるためにライネン様はここに来てくださったのだ!」


 朝の冷たい空気の中をタンドラの言葉が貫くように響き渡った。

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