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 7 父の朝、子の朝

 だが国王は神官長の挑発には乗らぬというように気持ちを鎮めると、ギラギラと輝く刃を(さや)に収めた。


「ふん、このような物を使わずともあのような愚か者、この手でねじ伏せてやるものを」

「これはなんとも頼もしい」


 神官長は賛美(さんび)の目で前国王を見つめ、前国王はその視線に満足したようだ。


「私ももちろん陛下がご子息に劣られるなどと思っているわけではありません。ですがここしばらく陛下は満足に動くこともできず、体もなまっておられましょう。持てる力の全部をお出しにできぬとも思われます。その時に機先を制す、そのためにお使いになられてはどうかと思って準備いたしました。もう一度それをお貸しいただけますか」


 前国王が神官長に剣を返すと、神官長は鞘から刀身を引き出し、左手で思い切りその刃を握った!


「何をする!」


 さすがに前国王が驚いて声を上げると、


「ご安心ください」


 神官長がそう言って左手を広げると、そこには刃が当たった部分と分かる線のようなものはあるが、傷一つついていない。


「鋭く見えますが刃の部分はつぶしてあります」


 神官長はくすくす笑いながら刃を鞘に戻した。


「陛下はご子息を(はかな)くなさろうとは思っていらっしゃらない、そのように人の道に反するようなことは。そうでございましょう?」


 神官長の言葉に前国王は一瞬だけ間を空けて、


「もちろんだ」


 と答えた。


 確かに前国王は息子を憎んだ。息子が自分から奪った全ての物を取り返し、さらに自分の物になるはずのマユリアも渡してなるものかと思っていた。だがその命まで奪おうとは思ってない。息子が自分にやったように、どこかの塔に閉じ込めてやりたいと思っていたが、やはりそのあたりは親子なのだ、そのようなことは望んでいなかったと神官長の言葉で気がついた。


「ええ、分かっておりました、陛下の慈悲深いお気持ちは。だからこれを用意したのです。ご子息はこの剣の刃が潰してあるとはご存じない、ですから一瞬の隙を作るためにお使いくだされば、後は陛下のお力でどちら上であるかをお知らせになられるかと」


 神官長は鞘に戻した剣をもう一度前国王に返した。


「先ほども申し上げましたが、今の陛下はお持ちの力を全て出し切る状態にはあられません。そのためのものです。どうぞ良いようにお使いください。そして、もしもそれでもご子息に叶わぬ、その時には」


 神官長は一度言葉を切り、前国王の頭にその言葉を準備させておいてから続けた。


「王座は二度と陛下の元に戻ることはないでしょう。もちろんマユリアと並ばれるのもご子息です」


 前国王の顔がまた真っ赤に染まる。


「これは最後の機会なのです。女神にふさわしい者が勝利を手にする。そのことを理解なさってご自分が何をなすべきかをよくお考えください」

「分かっておる」


 前国王は剣を真っ直ぐに掲げて握りしめ、少し見つめてから腰のベルトにしっかりと差した。


 神官長は満足そうに前国王の行動を見届ると、そのまま待つようにと言って外へ出ていってしまった。前国王は腰にささった剣の重さに耐えかねたように長椅子に座り込み、大きく息を一つ吐いた。


 神官長は外に出ると二人の神官に何か耳打ちをし、フードを目深に被っているためあまりよくは分からないがそれでも微かに頷いたと思われる動きをしてから神殿から出た。


 一人は神殿から出て右折をしてシャンタル宮の方向へ、もう一人は左折をして王宮方向へ消える。この二名もタンドラと同じく神官長に心酔し、言うがままに動く腹心だ。それぞれの役目を負って遅い冬の陽が作る影の中に自らもそうであるかのように消えていった。


 左折した神官はそのまま王宮へと入った。普段から神官長の使いとして王宮へ通すようにと連絡が通っているので、今日も王宮衛士たちにとがめられることなく王宮へ入り、そのまま現国王への面会がなった。


「では、少し早めに神殿に参るようにということか」

「はい、すでにマユリアは神殿にてご準備を終えられておられます」

「そうか」


 現国王は喜びに頬を紅潮(こうちょう)させ、玉座(ぎょくざ)からすっくと立ち上がった。


「侍従を呼べ、今すぐに支度を、急げ!」


 正直なところ待ちかねていた。朝が明けるより早くから目覚め、もうすぐ待ち続けた時が来るのだ、今朝がその朝なのだと現国王は寝台の上でひたすら時が過ぎるを待っていた。夜明けを告げる鳥の声も、室内に差し込む朝の光も、どれもこれもがいじわるをするように少しずつしか進まない。焦れに焦れてやっと起床の時刻となった。


 現国王もいつもより早く一つ目の鐘で目を覚まし、朝の支度を急がせた。すでに朝食も終えた後は神殿からの知らせを待つばかり。その残り少しの時間すら待ち兼ねて、皇后や王子、王女たちからの朝の挨拶も上の空で流していた。


 すぐにでも婚礼衣装を身にまといたかった。だがさすがに国王たる者がそのように威厳を失うような真似はできない。その思いだけが現国王の心をなんとか抑え、玉座の上の人としていた。


 だがもう待つ必要はない。今すぐにふさわしい姿になって愛する人の元へ飛んでいくのだ。マユリアも待ちかねていたに違いない。現国王はあっという間に女神にふさわしい衣装を整え、神殿へと足を踏み出した。

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