1 それぞれの夜明け前
運命の朝が来た。シャンタリオで初めての出来事が起きる朝が。
まだ夜明け前から民たちは宮と王宮の正門前に詰めかけ、明日のほぼ十年に一度の交代の時よりたくさんの人が集まっているように思われる。なんといっても世紀の祭典なのだから、見ることはできないと言われても、少しでもそばでその空気に触れたい、そう思っているかのようだ。
トーヤたちも各々がそれぞれの持ち場についた。もちろん神官長や国王たちも。
この先、何がどうなるのかは誰にも分からない。
ただ分かるのは、何もしなければマユリアの思い通りになる可能性が高いということだ。そしてそのためにシャンタルが命を落とすだろうということ。シャンタルがかなり気楽にいつものように能天気に「自分が助かればそうなる未来はないんでしょ」と言っていたが、できるのはそれだけだとトーヤたちにも分かっている。
その運命の日は今日、マユリアと国王の婚儀のある日か、それとも翌日の交代の日か、もしくはそのもう一日後なのかは誰にも分からない。だがいつ何があろうといいように、すでに夜明け前から動けるように準備だけはしてある。
トーヤは親御様の部屋の寝室ではなく、奥にある準備室とでもいうのだろうか、色々な物が置いてある部屋のソファで休ませてもらった。おそらくお産が近くなると産婆などがここで待機するのだろう、物置のような扱いでありながら、数名の人間が過ごせるようになっていた。
どんな場所でも短時間でも眠れるように訓練をしているトーヤだが、やはりゆったりと休めるところで寝られるのはありがたかった。特に、何が起こるが分からない一日、体力も気力も温存できるにこしたことはない。
アランも部屋で休んでいたが、いつもより気持ちに引っかかることがあり、少し寝付きが悪かった。もしかしたら当代を悲しませ、憎まれることをやるかも知れない。それが思った以上に重荷になっていることが衝撃だった。
仲間以外のことは冷静に切り捨てることができていたはずなのに、今は少し変わったと思う。こちらに来る船の中でトーヤに代わって処分を引き受けると言ったディレンのことも、今だったらあんなに割り切ってやると言うことはできない気がする。そのディレンを自分が始末すると言ったトーヤにはやはり叶わない、自分はまだ死神にはなり切れていないのだとしみじみと感じていた。
シャンタルとベルは見た目だけはのんびりと過ごしていた。当代が眠った後でラーラ様の部屋に移動して色々な話はしたが、あまり踏み込んだ話をしてラーラ様を不安がらせてもいけないだろうと、比較的穏やかに世間話などをしていた。
二人は交代が終わるまでこの部屋に置いてもらうことになっている。ということは、マユリアの婚儀の日には部屋から出ないということだ。
ミーヤとアーダは一日の仕事を終え、それぞれの部屋に戻っている。明日はまた朝から仕事が待っている。トーヤたちのことは気にかかるが、まずは何もないように侍女の仕事を優先することと決めている。特にアーダは何も知らないと思われているはずだ。あの光の場に呼ばれた一人、何もかもを知っている一人だということは最後まで隠したい。
船に戻ったディレンとハリオには、オーサ商会から抜け出すトイボア一家をカースに届ける役目がある。一家は祭り気分で婚儀で賑わう街に出る振りをして、そのまま姿を消す手筈になっているが、オーサ商会に迷惑をかけないために策を弄してある。
ディレンが妻の父親に監視をつけてほしいと頼んだのだ。様子を見るところ大丈夫だとは思うが、万が一トイボアが逃走を図った時には責任が持てないからと。それで面会の時にはいつも妻の兄が付いてきているが、まさかそんなことはあるまいと思っているのでゆるい監視でしかない。振り切るのは簡単だろうが、自然に引き離すために船員を配置する予定だ。
リルはお産が近いが同じ時期に出産する女性がカースにいるからと、自分もカースに移動している。夫のマルトも近くなので駆けつけやすいし、誰もこの申し出を不思議に思う者はない。唯一娘を案じるアロ夫妻だけは少し渋ったが、馬車であっという間だし、お産が近くなったら村長宅に滞在すればいいと説得されて納得するしかなかった。なんと言ってもナスタは腕のいい産婆として知られている、万が一の時にはカースの方が安心だと分かっているので受け入れた。
こうしてトーヤたちの仲間は実質シャンタル宮とカースの二箇所で待機することになった。ディレンとハリオの移動はまだだが、マユリアの婚儀を見に集まった人々で早朝のリュセルスはすでに人々で溢れかえっているはずだ。トイボアたちも日の出を待って出ることになっていて、昨夜からトイボア一家、トイボアの父と兄が共にオーサ商会に滞在させてもらい、快適に一夜を過ごしている。
ディレンとハリオも日の出と共にアルロス号を降り、リュセルスの西側のある場所でトイボア一家と落ち合う約束をしている。その手前で船員たちが酒に酔った振りをして付き添いの兄たちの邪魔をしてくれる手筈も整えてある。
後は日の出を待つばかり、運命の一夜は間もなく明ける。




