31 ふたつ星
そうだったのかとトーヤにはやっとこの人の苦しみが少し分かった気がした。
血を分けた子を四度も取り上げられた苦しみだけでも十分過ぎるというのに、その上自分のやってはいない不貞行為まで言い立てられ、さらにそのことで我が子が災厄のように言われる。こんなつらく苦しいことはない。
トーヤはラデル夫婦が遠いミーヤの生まれ故郷に行っていたことが不思議だった。ラデルは当代が生まれる時に「できたら子どものそばにいたい」と言っていて、そして実際にリュセルスにいてくれた。それはトーヤが言ったからかも知れないが、近くにいたいというのがおそらく本音だっただろうにと。
だから自分の子が二人もシャンタル宮にいるというのに、わざわざ遠く離れたところに行った理由はなんだろうと考えていた。もしも懐妊が分かった後なら、その子も奪われたくないと思って逃げた可能性もあるだろう。でもミーヤの話を聞く限り、夫妻がミーヤの故郷に行ったのはミーヤが故郷を離れたすぐ後、入れ替わりのようにやって来たということなので、シャンタルが5歳だろう。まだ当代は影も形もない頃だ。
「そういう噂が聞こえるようになったのは五年ぐらいしてからってことですか」
「いえ、それが比較的早く、一年もしない頃から割と耳に入るようになりました。ですがまだ夫の母が健在で、なかなか離れる決心がつかなかったんです」
「そうだったんですか」
「そういえば、私とラデルは同じ日に生まれたとご存知でしたか?」
「えっ! いや、それは初耳です」
トーヤが驚いたのを見て親御様はふふふふといたずらっぽく笑った。
「ええ、そうなんです。私たちは隣同士の家に住んでいて、そして同じ日に同じ産婆に取り上げられました。その日から一日も離れずずっとずっと一緒でした」
そんなことがあるのだとトーやは驚き、そして羨ましく思った。そんなに大事な人と一日も離れずずっと一緒にいられる人生、そんなことがあるのだと。自分が大事に思う人と離れていた年月を思い、少しばかり妬ましくすら思う。
そして思い出していた、あの光が言っていたことを。
『穢れない二名の姿、後に神の親となる一組の夫婦になる者の姿です』
つまりそれはこの奇跡のような二人だからこそなったこと、そんな二人でなくばもう次代様が生まれないほどこの世界は淀んでしまっていた。
もしくはとトーヤは別のことも考える。そのためにそういう運命に生まれさせられた二人であったのかも知れない、フェイとベルが童子として生まれたのと同じように、自分の命の種をこの世界の外に撒かれたようにと。
トーヤは親御様の話を遠くで語られる神話のようにぼんやりと聞いていた。
ラデルと親御様の父親はどちらも同じ工房で修行をした家具職人、若い頃から仲が良く、師匠から一人前と認められた時に独立して二人で工房を立ち上げた。その後どちらもやはり家具職人の娘と結婚をし、隣同士の家を借り、同じ年に子どもに恵まれた。それがラデルと親御様で、全く同じ日のほぼ同じ時刻に両家に男の子と女の子が生まれた。
二人の子どもは両親と一緒に工房に行って一日中一緒に過ごすようになり、互いを誰より大事と思いながら成長をして、そして13歳の誕生日に結婚した。
「結婚許可年齢に達したからといって早いと思いますよね。でも事情がありました。母の父、やはり家具職人だった祖父が治らぬ病になりました。祖父が住んでいたのは馬車で数日かかる場所で、そうそう会うことも叶わない。その祖父が王都に来られる力があるうちに、これほど思い合う二人を一緒にしてその晴れ姿を見せてやろう、そういう話になったんです。いつかは一緒になるだろうからと」
ラデルの父も王都で家具職人をやっていたが、こちらは早くに両親共亡くなっており、残っていたのは故郷で職人を続けていた親御様の父親だけだった。それで動けるうちに呼び寄せて残りの時を王都で一緒に過ごそう、もしかしたらひ孫の姿も見せられるかもという話になったということだ。
「祖父は故郷で命を終えると言っていたらしいのですが、それはさびしすぎると孫が結婚する、その姿を見てほしいと説得したらしいです。まったくうちの両親ときたら、そんなことを餌にするなんてね」
と、親御様はコロコロと笑ったが、すぐに真顔に戻って話を続けた。
「夜空に輝くふたつ星のような二人、そんな風に言われた二人だったんです。だから結婚が決まって一緒になれた時はそれは幸せでした。なのに、式が終わった翌朝早くにあんな知らせが届くなんて、全く想像もできなかった」
それはそうだろう。まだ幼いと言える年齢の二人が結婚式を終え、「婚礼のランプ」を飾った翌朝にそんな出来事があるなどと誰が思うだろう。
「すぐに両親と祖父に相談をしました。みんなきっと何かの間違いだろう、すぐに帰されるはずだと思っていました。でも宮からお迎えが来たからには行くしかない。それで故郷に帰る祖父を送っていったという名目で家を出ました。決して誰にも知られないようにと言われていたもので」
そこからこの夫婦の数奇な運命が始まるとは、誰一人思うことがなかったとしても当然だろう。




