24 アランの苦悩
トーヤがある結論を出していた頃、もちろんアランも同じ場所にたどり着いていた。そしてそこからもうひとつ先のある結論にも。
トーヤは自分がマユリアを手にかける決意をしたに違いない。アランはそう考えていた。そしてそれは間違えてはいない、そう確信している。
アランとベルがトーヤとシャンタルの仲間になってから三年になる。その間にアランはトーヤからあらゆることを習い、それを全て身につけてきた。トーヤも認めているし、アランにも死神の弟子であるという自覚がある。そのために思考もよく似ていて、大抵の場合に同じ結論を出し、同じ方向に迷うことなく進むことができる。それもトーヤたち4人の強みで、戦場で成果を上げることにつながっていた。
だからこそアランは決めた。トーヤにマユリアを手にかけさせるわけにはいかないと。
トーヤとマユリアのつながりは深い。八年前、それは色々な関わりがあった。トーヤはマユリアを憎んだこともあるし、親愛の情を持ったこともある。数ヶ月という決して長くはない期間の中で、それはそれは密な関わりを持った間柄だ。
「それにシャンタルがいる」
シャンタルはマユリアの妹のようなものというと、実際はシャンタルは男なので変になるが、それまでの関わりとしてはそう言っていいだろう、姉妹のような間柄だ。そしてマユリアはおそらく知らないだろうが、血を分けた実の弟になる。そのシャンタルの存在が二人をつないでいる。なんとも複雑で深い縁だ。
もしもトーヤがマユリアの命を奪ったとしたら、その理由を理解していてもシャンタルはトーヤを許せないかも知れない。シャンタルが何を考えているか、アランには今でも本当の意味で理解できているとは思わないが、顔に出さなくとも心の奥に深い傷を残すことは分かる。それはだめだとアランは思った。
「シャンタルにはトーヤが必要だ」
10歳という幼い時からこの八年間を一緒に生きてきたトーヤとシャンタル、アランたちが見ていない五年間に一体どんなことがあったのかは想像もできない。二人も特に何があったかを語ったことはない。だが、どうして二人が一緒に旅をすることになったかを知ると、それはとても普通の旅であったと思うことはできない。良くも悪くも二人の絆は深いと言える。
この後の未来のことは誰にも分からない。神でさえも。そのことだけは分かっている。その中で何がどうあろうとも、シャンタルにとってトーヤは必要な存在だ。二人がどんな形でも離れてしまうということは想像できないとアランは思った。
トーヤは交代の後、シャンタルを人に戻したら独り立ちさせるつもりだっただろう。だけど今となっては人に戻れる保証すらなくなってしまった。何しろ神の半身を持ち、神の命の種を持って生まれてきているのだ。マユリアもシャンタルも、とても普通の人としてこの先を生きていけるとは思えない。アランは冷静にそう考える。
ならばせめて自分がトーヤの代わりにマユリアの敵になる。アランは自分がマユリアを手にかけるつもりでいる。
「だけどなあ、トーヤがそれ許さねえ気がするんだよな」
またぽつりとつぶやいてアランは苦笑した。
アランがトーヤの思考を読むように、トーヤもアランの思考を読む。ということは、アランがやろうとしていることを分かっているということだ。もしも本気でトーヤがアランを出し抜こうと思ったら、アランにはとてもトーヤに勝てるとは思えない。同じ思考をできるといっても、やはり先にいるのは今の段階ではまだまだトーヤだからだ。
それにおそらく、トーヤはアランの今の人間関係のことを気にかけるに違いない。
マユリアは仲間のシャンタルの姉であると同時に、当代シャンタルの姉でもある。文字通りこちらは姉と妹だ。マユリア、シャンタル、当代シャンタル、そして次代シャンタルの4人は同じ両親から生まれた本当の家族だ。トーヤがシャンタルと深いつながりがあるように、今はアランは当代と深いつながりができてしまった。
互いに初めてで唯一の友達になった幼い当代は今回のことを全く知らない。もしもアランがマユリアを手にかけたと知ったらどれほど傷つき、どれほど悲しむか。そしてアランのことを永遠に許さないだろう。
そのことを考えるとアランは自分が手を出すことをためらってしまう。小さな当代に嫌われることが怖い。そう思っている自分に自分で驚く。
アランの近くには妹のベルと、それから三年前から共にいるトーヤとベルしかいなかった。その3人のこと以外、ほぼ誰かのことを考える必要はなかった。ある意味アランはトーヤより冷静というか冷酷だと自分で思っている。だからこちらに来る船の上でこういう提案もできた。
『だけど俺ならあいつとなんの関わりもねえ。理由も私的な理由じゃなく、シャンタルをあっちに無事に届けるための仕事、これからやる仕事のためにやることだ、それでだめか?』
自分がディレンを手にかけるとトーヤにそう提案し、実際に普通の仕事としてやるつもりだったし、できるとの自信もあった。だが小さな当代のことを考えると同じ提案をすると考えるだけで苦しくなる。自分の心が血を流すのを感じてしまうのだ。




