21 宮殿の場所
シャンタルとベルはラーラ様の部屋にいる。今、小さなシャンタルはお昼寝の時間だ。
「じゃあ、ラーラ様も明日のことは何も聞いていないってことなんだね」
「ええ」
シャンタルの言葉に困ったようにラーラ様が答える。
「時間も何があるのかも聞いてないの?」
「ええ」
ベルの言葉にも、同じように困ったように答えるしかラーラ様にはできない。いつからだろうとラーラ様はあらためて考えていた。
「あまりマユリアとお話をしなくなったのは……」
「え?」
ベルがラーラ様の小さな声に聞き返す。
「いえ」
ラーラ様は急いで否定したが、シャンタルもベルもしっかりと聞いてしまっていた。
「マユリアと話をしなくなってたの?」
シャンタルの質問にラーラ様は困った顔をし、シャンタルとベルは思わず顔を見合わせた。
「しなくなってたんだね」
シャンタルの言葉にとうとうラーラ様はゆっくりと頷き、ぽつりとつぶやく。
「本当に最近なのです。気がつけばほとんどお話をすることがなくなっていました。ですが、それは今回の婚儀のこともあって、マユリアもお忙しいのだろうとばかり思っていました。ですが、ここ数日は――」
ラーラ様はそこまで言ってまた言葉を切る。
そのまましばらく沈黙が続き、シャンタルとベルは黙ってラーラ様の言葉の続きを待った。ラーラ様が自分から話すまで待とうと二人とも同じくそう思って。
「いつからでしょう、おそらく数日前からだと思うのですが」
ラーラ様がもう一度口を開き、そう始めた。
「シャンタルに対する態度が、その、少し冷たくなったと感じました……」
言ってしまってからラーラ様はなお一層うつむいてしまう。自分が目にしてきたマユリアのその姿を思い出し、それが苦痛であるようにいつも柔らかい笑顔を浮かべている表情が苦痛に歪む。
「ラーラ様はマユリアが交代の後、客殿に住むって聞いてなかったんだよね」
ふいにシャンタルが話題を変えた。
「ええ、シャンタルがマユリアから伺うまで聞いたことはございませんでした」
こちらの方が答えやすかったからだろうか、ラーラ様が少し顔を上げてシャンタルを見つめて答えた。
「ちょっと思ったんだけどさ、そのマユリアが建ててもらうって言ってる宮殿って、一体どこに建てるつもりなんだろう」
「え?」
いつものようにベルがふと引っかかったことを素直に口にし、ラーラ様が今度は視線をベルに移す。
「いやさ、ここってかなりでっかい建物があっちこっちにあるでしょ。敷地も広いからそりゃ建てようと思ったらどこかに建てられるとは思うんだけど、マユリアの話からなんてのか、具体的にここに建てましょうって話が出てるような気がするんだ」
「ベル……」
シャンタルが美しい緑の瞳を大きく見開き、
「やっぱりベルはすごいね! うん、そうだよ! ねえラーラ様、どこに建てるんだと思う?」
「え?」
そう言いながら子どものように無邪気にラーラ様の手をキュッと握った。
ラーラ様が思わず驚いて少し身を引くが、シャンタルはとんでもなく素晴らしい思いつきを母親に報告する子どものように、キラキラした目を向けて続ける。
「ねえ、どこだと思う? 神殿の宮寄りって言ってたよね?」
「そ、それは……」
ラーラ様はシャンタルの質問に困り切る。ラーラ様は生まれてから今までの年月、八年前にシャンタルを切り離すためにカースに行った時以外、宮の敷地から一歩も外に出たことがない。だが知るのはほぼ奥宮だけだ。前の宮でも謁見の間ぐらいしか行くこともない。
「おいおい、ラーラ様は奥宮以外のことあんまり知らねえんじゃねえの?」
「え、そうなの?」
「ええ……」
ベルの方がそのあたりは現状をよく理解している。ラーラ様もベルの言葉に素直に認めた。
「それにおれの方がおまえよりもっと知ってると思うぞ。奥様の侍女の振りしてあっちこっち歩き回ってるからな」
「そうか、そうだよね。じゃあベルはどのあたりだと思う?」
「うーん、そうだなあ」
ベルはシャンタルの尊敬の眼差しと、少し戸惑ったようなラーラ様の視線に見つめられながら思い出す。
「神殿の宮の方ってのは確か温室が奥からこう張り出してて、庭とかあるんだよな。そんで建物はあれだよ、時代様が生まれるってとこ、なんてったっけ」
「産室?」
「そう、それな。その建物があるな。それからその建物から渡り廊下が奥宮まで続いてたと思う」
「ええ、奥宮と親御様がお過ごしになられる離宮は渡り廊下でつながっております」
ベルの記憶を補完するようにラーラ様も認めた。
「どのぐらいの大きさの建物を建てるかわかんねえけどさ、神殿とさんしつってのの間にもう一つ、同じぐらいの建物なら建てられねえことはないかな。けどなあ」
ベルがうーんと首を捻った。
「マユリアは宮殿を建ててもらうって言ってたんだよな? 宮殿ってことはそこそこ広い建物になるんじゃねえの? そりゃ普通のもんが住む家ってのなら、あの間にたくさん建てられると思うけど、そういうでかいもん建てるほどの土地はおれが見た限りはないように思う」
ベルがはっきりとそう言い切った。




