19 傀儡師
ああ、やはりそうであったかと、ライネンは納得すると同時になんだか少しほっとしていた。
ライネンが思っていたこと、気がついていたこと、自分たちは「協力者」にいいように利用されているだけに過ぎない、その考えが間違えてはいなかったことをあらためて伝えられた気がしたからだ。
「そうだな、任せる、うまくやってくれ」
「承知いたしました」
見た目だけはライネンがタンドラに指示をしてやらせている形だが、事実は逆だ。ライネンたちは「協力者」の手によって踊らされているだけ、いわばライネンは人形でタンドラは傀儡師という関係だ。民たちを動かすのに高位貴族の師弟という旗印があった方が便利だから、そのためだけにここにいる。それだけのことだ。
それならそれとはっきりした方がいい。正直なところ、ヌオリに任せていても今回のことがうまくいくとはとても思えない。「協力者」あってこその今回の作戦だ。
「聞いておきたいんだが」
「なんでしょう」
「今度のことがうまくいった後、君には何か希望があるのか?」
「希望?」
タンドラは不思議そうな顔をした。
「たとえば今回の功労で貴族になりたいとか、王宮でどのような地位に就きたいとか、報奨金がどのぐらい欲しいとかそのようなことだ」
「ああ」
タンドラはやっと意味が分かったと言わんばかりに面白そうに笑った。ライネンはなんとなく不愉快な気がして、タンドラの本音を聞き出そうと少し厳しい口調で続ける。
「このようなことに関わるぐらいなのだ、何かそのような希望があるのだろう」
「いえ、そのようなことは全くございません」
「何もないだと? そのようなことはなかろう、このような大事、身の危険すらあるだろうに、何もないということはないだろう」
「いえ、本当にございません」
タンドラは丁寧に頭を下げてもう一度同じことを口にする。
「あるとすれば、正しいことを正しく、あるべきことをあるように、そうあってほしいとの気持ちのみです」
「正しいことを正しく?」
「はい。子が親を騙し討ちにし、その力を奪う。これが正しいことと申せましょうか」
それは確かに正しくはないとライネンも思う。
「神が、天が、そのようなことをお許しにはならない。その道を正すために私は今回のことに加わりました。他の者たちも同じだと思います。皆、立身出世など望んではおりません。あるのはただ、この国がこれからも平穏な時を送れるように、静かな日々が続くように、そのような思いだけでございます」
――本当なのだろうか――
ライネンはタンドラの言葉に戸惑うしかない。
ライネンやヌオリ、その他の貴族の子弟が今度のことを企てたのは、自分たちの家系が元通りに王の側近の位置に戻りたいからだ。順当に王位継承が行われていたならば、新しい国王の横にはヌオリのバンハ侯爵家を始めとするライネンたち若手が控えてその治世をお支えするはずであった。それを今回の交代の時に今度こそマユリアを自分の物にせんとする息子の現国王の強引な横槍を通すため、正妃の家系である格下のラキム伯爵家やジート伯爵家の力を借りたことが問題なのだ。
そうだ、その時に元通りバンハ侯爵家を中心とする側近を置いてくださったのなら、今回のようなことを企てる必要などなかった。
担ぐ神輿には誰が乗っていても構わない。その神輿を担ぐという特権さえ手にしていればそれでいいのだ。新しい国王は自分が神輿を奪うために新しい担ぎ手に担がせることにした、自分たちはそれを不服として取り戻すために動いたにすぎない。つまりは正しいことを正しくするために動いた、その点ではタンドラと同じと言えるだろう。
だが大きく違うのは、タンドラの言が本当ならば、タンドラは見返りを何も望まないという部分だ。いや、タンドラだけではなく前国王を取り戻そうと集まった多くの「仲間たち」もおそらく同じだろう。結果的に何かを手にすることがあったとしても、今は何かを手にする目的でここにいるのではないということだ。
ライネンはなんとなくゾッとした。自分の損得抜きに集まり、罰を受けたりケガをしたり、もしかすると命さえ危うくするかも知れないことに加担するなど、ライネンには考えられないことであったからだ。
「嘘だろう?」
ライネンは薄ら寒い恐怖を払拭するためにもう一度タンドラに確認する。
「いえ、本当にそれ以外の望みはございません。この国を、シャンタルの神域を正しい形にしたい、それだけの思いでございますよ」
元憲兵だという大きな男の口調はどこかで聞いたことがあるような丁寧な口調になっている。先ほどまで「仲間たち」に話しかけていた少し荒っぽい憲兵上がりの口調とは違う。一体どこで聞いたのだったか。
ライネンはその口調をどこで聞いたのか必死で思い出そうとしたが思い出せない。ただ、思ったことがある。この男、タンドラも「協力者」によって動かされているに過ぎない。「協力者」の手の上で踊らされているのは自分たちもこの男も、そして集まっている「仲間たち」も同じなのだ。
一体この操り糸の先を握っているのは誰なのだろう。それが見えぬ恐怖をライネンはあらためて感じていた。




