表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
594/746

17 聖戦

 ライネンは従者を伴って宮を出た。ヌオリは便利使いするためだろう、置いていけと言ったが、高齢のために体調がよくない、あまり役には立たぬだろうと理由をつけて連れて帰ることにした。元々前国王が従者に偽装して宮に入るのに、一人だけより複数の方が自然だろうと考えたことと、その世話をさせるために連れて行った者だ、前国王が部屋にいない今、自分の家に長く仕えている老爺(ろうや)を一人残し、ヌオリたちにこき使われるようなことは避けたかった。

 祖父の代から忠実に仕えてくれている者だ、できれば面倒に巻き込みたくはない。前国王のこともこの老人にだけは話してあったが、決して誰かに話すことはしないと信頼できる者だ。ライネンのことも孫のように大事にしてくれている従者、不要な苦労をかけることもあるまい。後のことは部屋の担当の侍女に頼めばよかろう。ヌオリたちだとてそのぐらいはできるだろうと、ライネンは少しばかり意地悪くそう思った。


 ライネンは前国王を預かっていた「封鎖の館」に戻ると従者を置いて、一人リュセルスの街へと行くことにした。年老いた従者はライネンを心配して自分も連れて行ってくれるようにと懇願したが、かえって足手まといだと冷たい言葉を投げ、付いてくるのを諦めさせた。半分は本音、半分はその身を心配してくださってのことだと従者は若い(あるじ)の気持ちを汲み、涙を浮かべながら諦めてくれた。


「大丈夫だ、すぐに戻って来る。共に戻る者たちの出迎えのために、温かい物でも準備しておいてくれ」


 ライネンは笑顔でそう言って館を出た。


 これまで封鎖の館にいた「仲間たち」はリュセルスのいくつかの家に分散して待機している。さすがにこの館からまとまった人間が出るのを見られては目立つし、動きにくい。そのために前もって役目ごとに分けておいた。


 いよいよ明日は計画を実行に移す。一つの部隊は王宮へ、もう一つは宮へ向かい、前国王を出せと騒ぎ立てさせる。どちらの部隊も心の底から国王の行方を心配している者たちばかり、きっと望み通りの活躍を見せてくれるだろう。

 彼らには現国王が父王を幽閉しているのは、マユリアが親を手に掛けるような者との婚儀を受けるはずがない、そのためだけに生かしている、婚儀が終わったらどうなるか分からないと言ってある。そう聞いて一日でも早く国王陛下を助け出すのだと息巻いていたが、やたらめったら押しかけてもどうにもなるものではない、第一目的のお方の居場所が分からないのではどうしようもないとなだめてあった。

 マユリアと国王の婚姻の儀というのも後々(のちのち)実際にマユリアを妻とするための現国王の(はかりごと)、既成事実を作るためだ。だからその時、間違いなく現国王は神殿にやって来る。そこで身柄を確保し、今度は逆に父王への譲位を迫るつもりだとの説明を聞き、彼らはやっと気持ちを抑え、今日まで我慢をしていたのだ。


 前国王の行方を知るのは宮に待機しているヌオリたち数名だけだ。前国王の行方を知らぬ者たちは本気でそのどちらかにいると思っている。宮と王宮での騒ぎが大きくなれば、リュセルスの民たちの中にも遅れて参加する者が出るだろう。それも目的の一つだ。騒ぎが大きくなればなるほど、現国王に対する非難も大きくなる。前国王の王座への復帰の後押しになることだろう。


 今回の婚儀は公開されるものではない。神殿に来るのは神官長、マユリア、国王の三名だけ。そこに剣が使える者が集団で駆け込めば多勢に無勢、さすがの現国王も手も足も出まい。


「できれば神殿に入ってしまう前、マユリアに失礼にならぬ前に取り押さえる方が望ましい」

 

 その点では全員の意見が一致していた。尊い女神に人の世のいざこざをお知らせしたくはない、ひとえにその思いからだ。


 神殿で元国王を確保する役目はヌオリたち剣が使える高位貴族の子弟十名ほど、その他の部隊は二手に分かれて前国王の御身をお探しし、保護して正当なるこの国の王として皆の前にお姿を現していただく。それが今回の反乱軍の計画だ。


「くれぐれも宮には手荒なことはせぬように、尊いシャンタルがいらっしゃる聖なる神殿だ。宮を穢すようなことは許されない」


 基地としていた「封印の館」を出る前にヌオリが「仲間たち」を前に弁舌をふるった。


 この点も言われるまでもないと皆が納得している。何よりも今回の「仲間たち」はすべてこのシャンタリオの民であり、シャンタルを生き神として(あが)(うや)う者たちである。触れてはいけない場所、触れてはいけないことは魂に染みるように分かっている。


「宮が国王陛下を預かっているとすれば、それは王宮から、いや皇太子から何か圧力をかけられているからだろう。マユリアのご婚姻という前例のない信じがたい儀式、おそらくそれとも関係があるはずだ」


 ざわざわと仲間たちの中から静かなざわめきが流れ出る。


「つまり、皇太子を捕え、国王陛下を開放してさしあげるということは、マユリアを望まぬ皇太子との婚礼から救い出すことでもある。いいか、これは聖なる戦いなのだ」


 ヌオリの言葉に「仲間たち」は一層自分たちの行動が聖なる戦い、「聖戦」であるという意識を高めていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ